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ソフト王子

私はアイスよりもソフトクリームが好きで、あのなんというか
むにむにむに〜っと出てくる形がまたいいですよね。
コーンかカップかっていったら絶対コーンで、しかも
ワッフル地じゃなくて、もなかみたいな、時間が経つと
ふにゃとなるコーンであって欲しい派なんですけども。

この前、久しぶりにちょっと遠くまでふらふら散歩しに
いった道すがらにあったソフトクリームのおいしいコンビニに
入ったら、外国人の男性が対応してくれたんですよ。
名札を見たけどお名前は忘れてしまったし、恐らくムスリムの
若い小柄な男性だったのでモハメドとしておきましょうか。

季節限定の味とか、定番のバニラとのミックスとか色々
あるじゃないですか。でも結局バニラだけの味には勝てずに
戻ってしまうんですよね。
まあそれはどうでもいいですね。

バニラをコーンでとお願いしたら、そのモハメドさんは
信じられないほどに美しい曲線のソフトクリームを作って、
ほんとに大事そうにソフトクリームが倒れないように差し込む、
なんだか銀色の入れ物があるじゃないですか、あれをもう
「捧げ持つ」と表現したいくらいのうやうやしい持ち方で
「お待たせいたしました」と出してくれたんですね。

はぁ〜、ソフトクリームに対してこんなに真摯な方がいるのか、と
おいしさが4割くらい増すわけです。「スプーンはどうされますか?」
と美しい完璧な発音の日本語で聞いてくれる時の、澄んだ目は一体
どういうことなんだ、と思いながらありがたく受け取りました。

ふと隣のレジで働いている方を見ると、その方もモハメドさん
みたいな風貌の方で。ただしもう少し最初のモハメドさんよりは
年上で、うーん、50代くらいですかね。その方は、なんというか
それほどソフトクリームにも感慨をもってない感じだったんですよ。
普通に真面目にレジについている、くらいの。

そこからもう私の妄想がね、発動しまして。
こちらのモハメドフィフティはモハメドトゥエンティの
お世話係なんじゃないかと。仕事上のというより
私生活で、いわゆるお付きの人というかですね。

このトゥエンティさんは、どこかの石油産出国の王子なんですけど、
来日した際、ここのソフトクリームに魅了されてしまって
「ぼくはあそこで働きたい」とか何とか言って、父親である王様に
「やれやれ仕方ないな、じゃあフィフティ、ついていってくれ」とか
言われて、しぶしぶ一緒にシフトに入っているんじゃないかなと。

そうすると、あのトゥエンティさんとの目の輝きの違いの
説明がつくな、と。トゥエンティさんは、小柄な方
なんですけどね、背筋もぴしぃぃぃっとしていて、
「やんごとなき方」といってもいいくらいのたたずまいなのです。

王子は真摯な方なので
「あの美しい曲線が出せるように家でも練習したい」と
父親である王様に伝えると、王様は「一台で足りるのか?二十台くらい
すぐに買えるぞ」とかいうんですけど、王子はあくまでも
「楽しみをそんなにすぐに叶えてしまいたくない」という堅実かつ
素朴な考えをもって育ってきたわけですね。だから、一台だけ王様に
買ってもらって日本の家で練習しているんですけど、彼の目下の目標は
アルバイト代を貯めて自分であの機械を買いたい、ということなんです。
だから元々大好きなソフトクリームへの情熱も、嫌でも増していく。

フィフティさんは「これもお勤めだ……」と思いながら、必ず
トゥエンティさんと一緒にシフトに入ってるんですけど、
やはりそこまで興味をもてないわけです。だから、ちょっと
虚無的な感じでレジに立っていて「私は本来ならば王国で働いている
立場なのに……」とちょっと無常感を抱えているんじゃないかと。

これから春も本番になるじゃないですか。そのコンビニがある場所の
そばは、桜がきれいに咲くことで有名なんですよ。
だからきっとトゥエンティさんは「さあ、今年もまた忙しくなる
季節がきた」とわくわくしてるはずです。目をぴかぴかにさせてね。
大好きなソフトクリームを一体いくつ作れるかな?と楽しみにして。
それを横目でみながら「やれやれ……」と気持ちを押し殺している
フィフティさんとの違いを明るい春の光の下で見られるかと思うと、
これは絶対に忙しい季節にまた行かなくちゃ、と思うわけですね。

たくさんお客さんがやってきて、あの丁寧な喋り方とぴんと伸びた
背筋でうやうやしく出されるソフトクリームを味わって欲しい
ものです。ソフトクリームってこんなにすてきな食べ物だったん
だな〜って。桜を見ながら食べるとまた格別でしょうね。

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