見出し画像

弱さ

弱いものは、弱いままでありますように。
強いものは、強いままでありますように。

岩間を滑る川の激しさにいる水鳥は下流にはおらず、
海のような下流の穏やかさに浮かぶ鴨は上流にいない。

それぞれの鳥たちが、それぞれの流れの中でくつろぐように。
その時の流れを愉しむことができますように。


弱いままあることは、強くあろうとすることより難しい。

自分が弱かったから、自分のレベルが低かったから、失敗したのだ、失ったのだ、変わってしまったのだと思うほど、人は強くあろうとする。

なるべく失敗を避け、確かなものだけを掴もうとする。
そうして何かを目指して、足早に歩いて何者かになろうとする。
何者かになる過程で、何かが違う、なにかがおかしいと思いつつ、いや、思うほどに、歩みを止められなくなってしまう。

強い人は、強くなるほどに、弱くなることができなくなる。
寒い通りの向こうに、弱い時の自分が、ずっとこちらを見つめていることに気付いたとしても、すっと横を向いて、さらに歩みを進めようとする。

強くなるほどに、誰かと弱さでつながることができなくなってしまう。
横に誰もいなくて、上と下にしか人がいないことに気がついてしまう。
つながることできず、絡むことしかできなくなってしまう。
自分の中に、憧れと軽蔑しかないことに気がついてしまう。
自分より強いものには理想を、弱いものには嫌悪を向けることしかできなくなってしまう。


私は、弱いまま在る男をひとり知っている。
彼は、弱いのではなく、弱いまま在る。

彼は最初からタメ口であった。そこに不快さも、馴れ馴れしさも全くないことに驚いた。声の響きから、緊張を一切感じることがなかった。図々しさも、遠慮もない音。

人は音である。音は決して誤魔化すことができない。
その人の音は、全く新しいものであった。

私が部屋でひとり本を読んでいた時、彼は私を見つけて話しかけてくれた。彼は昔、とある女の気持ちに応えらえなかったことを話してくれた。
彼の声が、過去の中で低く響いているのを感じた。
弱いままで響いていて、まだ傷が癒えていないことを感じた。

癒えていなくて、良かった。
癒えていないからこそ、彼の魅力はある。
弱さで、人を包むことができる。
彼と出会う者は、自分の弱さを、弱さのまま受け取ることができる。
こんなに有難いことがあるだろうか。

しばらく経って、彼に会いに行った。彼は外国で大活躍し、帰国したばかりだった。家も金を無いと笑っていたが、彼の周りには家も金も地位もある者が集まっていた。彼はその者たちの横で話していた。私が質問すると、真っ直ぐにこちらを見つめて私の話を聞いていた。私はその目を見て震えた。


弱いままあることは、強くあることより難しい。

強い者の中に、弱さを見通すことができますように。
弱い者の中に、強さを見つけることができますように。

強くあろうとすることがないように。
弱くあろうとすることがないように。

”ありのまま”を目指すことは、強くなろうとすることに等しい。
”ありのままの自分”という理想を追いかけることに等しい。

今のあなたが、紛れもないありのままである。
そこにとどまり続けることができますように。
深くくつろぐ、鳥のように。


2023/12/19


あなたのサポートがエネルギーになります!