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「入れてください。」

***この記事は、aba代表の宇井が個人的に書き綴っていたものを加筆修正し転記したものです。***


「お風呂に入っている間中ずっと「入れてください」とおっしゃる90歳のAさんという方がいました。

「お風呂には入っていますよー?」と介護職が話しかけると、Aさんは介護職の手を自分の股に持って行きました。

Aさんのいう「入れてください」は、男性器を入れてくださいの意味だったのです。

入浴中は、男性スタッフなら誰彼構わず「入れてください」というAさん。

最初はスタッフたちも、はぐらかしてごまかして対応していたが、そのうち「あのばあさんは気持ち悪い」「この年になって欲情なんてみっともない」と、他の利用者さんからいじめられるようになってしまいました。

困り果てたスタッフ達は、事の始終を家族に打ち明け、相談することに。

Aさんの妹さんに全て話すと、妹さんはその場で泣き崩れ、また、Aさんの人生について教えてくれた。

「姉さんは…8人兄弟の長女だったんです。両親は戦死してしまい、幼い私たちを育てるには、姉さんが働くしかなかった…。姉さんは、赤線(身売りのこと)に立ち、私たちを育ててくれたんです。」

「…おそらく、入浴サービスの際に、お客さんに「入れてください」というのが、リップサービスだったのではないでしょうか…」

これはわたしが介護職初任者研修時代に講師から聞いた実話です。

講師は返す言葉がなかったそうです。

Aさんにとって、お風呂=身売り時の仕事場、という記憶になっているため、入れてください、という発言になっていたのです。

今年で戦後75年。

当時をリアルに体験した人たちが亡くなっていく中、あまりにも悲しすぎる記憶である。

「私は子供もいないし、結婚もしていない。」

昔話を聞くと、いつもそれだけ言って、Aさんは一人たたずんでいたらしい。

湯気でぼやけた男性介護職の顔が、Aさんの記憶を一層鮮明にさせてしまったのかもしれない。

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