みちのく潮風トレイル冒険録1:相馬市から新地町へ(松川浦→あぐりや)
みちのく潮風トレイルという道がある。青森県八戸市から福島県相馬市まで1,053kmを結ぶロングトレイルである。ロングトレイルとは長い長い距離をひたすら歩くロングディスタンスハイクのための道のことで、みちのく潮風トレイルは2019年に全線開通した比較的新しい道だ。ロングトレイルという文化を日本に紹介したことで知られるライター、故・加藤則芳氏の以前からの提唱を原点として、東日本大震災をきっかけに環境省が震災復興を目的の一つに作り上げたトレイルだそうだ(加藤氏はこのトレイルの全線開通を見届けることなく2013年にこの世を去った)。
私はこのみちのく潮風トレイルを、2021年からなんとはなしに歩き始めた。最初は単なる好奇心で歩ける範囲を歩いてみようという程度で、全線を踏破しようなんて気も更々なかったのだが、この記事を書いている2021年11月の時点で全行程の29%にあたる307kmを歩き終え、全線踏破を目指すという目標が視界に入るようになってきた。せっかくなので、これまで歩いてきた記録を残しておこうと思い立ち、noteに記事を書くことにした。歩きながら感じたことなどを徒然と書き残しておこうと思う。
福島県から青森県に至るみちのく潮風トレイルの全線地図を示しておく。この記事を書いている2021年11月の時点では、私は福島県相馬市の松川浦環境公園から宮城県石巻市のおがつ・たなこや(道の駅硯上の里おがつ)までを踏破している。
さて、私がみちのく潮風トレイルというものを知ったのは、トレイルの起点、相馬市にある私の実家のすぐ近くに道標が建ったことがきっかけだった。
環境省の旗振りで整備された道だけあって、沿線にはこのような道標が十分に整備されている。1,000kmを超える壮大なトレイルがたまたま実家のすぐそばを通っているということを知り、このトレイルのことは以前より気になっていたものの、登山もほとんど経験の無い私にとっては無縁の事だと思っていた。それがひょんなことをきっかけにみちのく潮風トレイルを少しづつ歩き始め、今や私は八戸に至るまでの大冒険に乗り出そうとしている。
ロングトレイルの歩き方にはスルーハイクとセクションハイクの2通りがある。スルーハイクは文字通り全線を通して一気に歩く歩き方で、スルーハイクだとMCTは40日ほどで歩くことができるという。私には40日もまとまった時間をとることなど到底できないので、セクションハイクで歩いている。これはルートを日帰り~1泊2日程度で歩けるセクションに区切り、その区間の始点と終点には公共交通機関などでアクセスするという歩き方だ。今のペースでセクションハイクを続けると、全線踏破までは3~4年はかかる計算になるのだが、自分のペースで気長に少しずつ歩き、その記録をここに書き残していこう。
Day1:実家→松川浦環境公園
2021年2月21日(日)
2月13日、久しぶりに東北地方で大きめの地震があった。実家の様子を見るためにこの日の前日に相馬に帰省し、両親と酒を嗜んだ。翌朝、軽く二日酔い気味だったため酔い覚ましに朝の散歩をしようと、ほんの思い付きでみちのく潮風トレイルの末端区間を歩いてみることにしたことが、旅の始まりとなった。
実家周辺のコースは犬の散歩コースとしてよく歩いていた馴染みの道だ。トレイルは、蓮池という池のほとりから中村城の城跡の中にある中村神社へ抜けていくが、この道は中学時代に抜け道として自転車でいつも通っていた。蓮池は、中村城のお堀を兼ねている池である。
ここで、私の地元であり、みちのく潮風トレイルの起点でもある「相馬」という土地について説明しておきたい。
地方の人にはありがちなことかもしれないが、福島県の人、特に相馬地方の人は、「県」というユニットよりも江戸時代の「藩」というユニットに帰属意識を持っている人が多いように思う。「相馬藩」は、福島県浜通り地方のうち北半分、現在の市町村でいうと相馬市から双葉郡大熊町までの範囲を領地としていた石高6万石の藩である。藩主相馬氏は、坂東平氏千葉氏の流れを汲む氏族で、奥州藤原氏の滅亡後に鎌倉幕府の御家人として領地を得て陸奥に下向して以来、幕末まで700年あまりの長きにわたってこの地方を領してきた。鎌倉時代から幕末まで同じ土地の統治を行った領主は、相馬氏のほかは島津氏や南部氏など、数えるほどしかいないそうだ。
相馬藩を代表するイベントが、相馬野馬追という馬のお祭りである。これは毎年7月後半に開催されるお祭りで、相馬市から大熊町に至るまでの相馬藩に属した村々から騎馬武者が出陣して南相馬市の雲雀ヶ原祭場に集まり、甲冑競馬や神旗争奪戦などを行う。このお祭りは元々相馬藩が軍事教練として行っていた行事だが、坂東平氏の祖である平将門の時代から続く1,000年の伝統がある、と自称している。私の通っていた中学校では男子は中学3年生の時にお祭りに足軽役として参加することが慣例となっていて、私も陣笠と足軽装束に身を包み大きな旗を持って武者行列に参加した。相馬野馬追というイベントは、相馬に育った人々が「相馬藩」というユニットに帰属意識を強く持つ大きな要因のひとつになっている。
東日本大震災で事故を起こした福島第一原発は双葉町と大熊町に跨って立地しているが、双葉町も大熊町も「相馬藩」の範囲に含まれる。つまり原発事故は「相馬藩」で起こった出来事であり、私にとっても決して他人事ではない。しかし、私の実家は福島第一原発からは北に離れており、原発事故による避難区域に含まれることはなかった。そういう意味では、原発事故による避難を強いられた人々と同じ気持ちを共有することはできない。なので私は、震災や原発事故についてとやかく語ることはできない。
さて、そんな相馬藩の藩庁であった中村城址の中に所在する中村神社は、相馬氏が平将門から引き継いだ妙見信仰を伝える神社であり、相馬野馬追の際には総大将出陣式の舞台となる場所でもある。みちのく潮風トレイルを相馬を起点に歩くハイカーはここ中村神社で旅の無事を祈願することが多いらしいが、私にとっては何度も参拝したことのある馴染みの神社なので、特に参拝もせずに通り過ぎる。中村神社の参道は地震で灯篭が崩れ通行止めになっていた。
中村城のお堀に沿って、相馬市の中心市街地である中村を歩く。大きな地震から1週間後の中村の市街地には屋根にブルーシートをかぶせた家が多く見受けられる。市街地を抜けると宇多川の河川堤防を歩くコースとなるが、この日は河原で野焼きをしていたので、消防団の人に一言断って煙の中を抜けていく。百間橋は工事中で堤防から登ることができず、引き返して迂回路をとる。松川浦のほとりを抜けて、みちのく潮風トレイルのエンドポイントである松川浦環境公園に到着。ここにはトレイルの相馬市区間の見どころを案内する看板が立っている。トレイルヘッドを示す看板には、相馬のシンボルである馬の置物が添えられている。
私にとっては色々な思い出が蘇る地元の道とは言え、この日歩いたのはなんてことはない田舎まちの道だ。それでも、八戸から1,000km歩いてきた旅人にとってはゴールが近づいてくる感慨を胸に抱きながら歩く道なのだろうと、長い長いトレイルに想いを馳せる。この時歩いたのはただの朝の散歩程度で、全線踏破に挑戦する気なんて更々なかったのだが…。
Day2:実家→しんち地場産市場あぐりや
2021年4月10日(土)
前回末端区間を歩いて以来ロングトレイルに興味が湧いた私は、相馬から石巻までの公式MapBook2冊とロングトレイルの入門本を取り寄せてしまった。山登りすらほとんど経験がないのに八戸まで歩ききれるとは到底思えないが、南から順に歩けるところまで歩ける範囲で歩いてみよう。
実家に帰省し、取り寄せたマップブックを見ながら新地町のあぐりやまで軽く歩くことにする。実家を出発、田園風景の中を歩いていく。途中、みさご沢池というため池にトレイルの見どころを説明する看板がたっている。ミサゴは水に潜って魚を捕食する生態を持つ猛禽類で、水辺に棲息することが多い。冬になると渡り鳥が集まるこの池でも、ミサゴが魚を捕食する姿を見ることができるのだろうか…?
相馬市と相馬郡新地町の境界を超える。この境界は江戸時代の相馬藩と伊達藩の境界にあたる。新地町は戦国時代までは相馬氏の領土だったが、戦国末期に伊達政宗によって奪い取られ、そのまま幕末まで伊達藩の領土となった(そういういきさつもあって相馬藩と伊達藩はあまり仲が良くない)。この境界には白幡のいちょうという巨木が立っているが、このいちょうの木は伊達政宗が相馬攻めの際に持っていたいちょうの鞭を逆さに地面にさしたものだという伝承があるそうだ。明治時代に入ってから新地町は福島県に「返還」されたわけだが、江戸時代別々の藩に分かれていた名残で、今でも相馬市と新地町では方言や風習が異なっている。私が子供の頃通っていた習い事には新地町から来ている同級生もいたが、子供心にも話す言葉が違うことを感じた記憶がある。この境界から、はるか遠く岩手県釜石市の石塚峠まで、みちのく潮風トレイルはひたすら伊達藩の領内を歩いていくことになる。
伊達藩の要害があった駒ヶ嶺からは旧国道を進むが、トレイルは新地町の市街地に差し掛かったところで迂回し、新地町総合運動公園に立ち寄る。ここには新地町区間のMCTを紹介する看板が建っていて、トイレもあり休憩スポットになっているようだ。
新地町の市街地に戻ると2月の地震の被害が残る家が目立つ中を歩き、すぐにしんち地場産市場あぐりやに到着。ここは地元の農産物などを売っている直売所だ。買い物ついでに両親に迎えに来てもらう。
2日間の合計で、18.35kmを約4時間で歩いた。
最後に歩いた区間の地図を載せておく。この地図はみちのく潮風トレイルを管理しているNPO法人みちのくトレイルクラブのHPに掲載されているGPXデータをもとに、QGISで作成したものだ。私はトレイルを歩くときはこのデータをiPhoneのスーパー地形というアプリに入れて地図の補助として使っている。
北側のセクションは↓
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