みちのく潮風トレイル冒険録17:遂に岩手県へ・雨の陸前高田と広田崎(唐桑大沢駅→小友駅)
遂に冒険の舞台は宮城県から岩手県に移ることになる。今回の冒険の舞台は岩手県最南端の自治体、陸前高田市。東日本大震災の被害の甚大さで全国に知られたまちの海岸線を歩く旅となり、またしても震災遺構を訪れることになる。
みちのく潮風トレイルは確かに震災がきっかけで整備された道であり、震災の被災地を自分の足でめぐるというのが私の旅のひとつの目的であることは間違いない。旅の記録を綴っていくと、どうしても震災について触れることが多くなってしまう。しかし、みちのく潮風トレイルの魅力はほかにもたくさんある。
そもそも、以前も触れたように、みちのく潮風トレイルは日本にロングトレイルという文化を紹介した故・加藤則芳氏が震災以前から東北地方の太平洋岸を歩くトレイルコースを作りたいという構想を持っていたことが出発点となっており、その構想が具体化に向けて動き出すきっかけがたまたま東日本大震災であったというだけのことだ。
今日のように震災遺構を訪れ当時のことについて思いを馳せるのも確かに大切なことではあるけれど、時には純粋に歩くことを楽しみ、美しい海岸線の景色に息を飲み、地元の海産物に舌鼓を打つ、色々な楽しみ方をしていいのがみちのく潮風トレイルだと思う。
私の書いているこの冒険録は、私が歩きながら感じたことをただ徒然と書き散らかしているだけだが、この冒険録を読んだ誰かが、みちのく潮風トレイルというものにちょっとでも興味をもってもらい、少しの区間でも歩いてみて自分なりの楽しみ方でトレイルを歩くことを楽しんでもらうきっかけになればいいなと思いながら、文章を綴っている。
Day26:唐桑大沢駅→西下駅
2022年8月27日(土)
気仙沼から乗車した大船渡線BRTを唐桑大沢駅で降りて歩き始める。宮城県と岩手県の県境は、国道45号線を歩いてすぐのところにある。路傍のカントリーサインはどこにでもあるありふれた看板だが、これで宮城県を南端から北端まで徒歩で制覇したことになるのだと思って眺めると、感慨が湧いてくる。
岩手県に入り、長部という名の漁港を過ぎてしばらく歩くと、陸前高田市の震災遺構が集中するエリアに入る。一つ目に訪れるのは、「旧気仙中学校」だ。この遺構は事前にガイドを申し込んでおけば内部の見学もできるということだが、私は外観のみの見学にとどめる。3階建ての校舎の屋上よりも高い位置に、津波の到達水位を示す看板がかけられている。
一旦国道45号線に戻り、真新しい橋で気仙川を渡ると、いよいよ高田松原津波復興祈念公園だ。
ところで、陸前高田という街は、これまで歩いてきた石巻や気仙沼、これから歩く大船渡や釜石といった街とはひとつ決定的に異なる点がある。それは、「港町」ではないということだ。陸前高田の市街地は気仙川の河口から少し内陸に形成された平野部に位置していて、海岸線には高田松原と呼ばれる松原が広がり、漁業や港湾に拠って形成された訳ではない市街地を持っているということが陸前高田の特徴である。東日本大震災では、津波は高田松原を薙ぎ倒した後、内陸の市街地に押し寄せて街を破壊した。他の港町とは違い、市街地が海から少し離れた場所にあったことによる油断が、避難の遅れと甚大な人的被害につながったことを指摘できるかもしれない。
高田松原津波復興祈念公園は、震災で破壊された高田松原周辺の震災遺構の周りに整備された国営の公園だ。まず、有名な「奇跡の一本松」に立ち寄る。津波の後で一本だけ残った松を保存するために、枯死した松に樹脂を注入して「サイボーグ化」するという手法が議論を呼んでいた…なんてことは遠い過去の記憶になり、今となっては松の保存方法についてとやかく言う人も絶えたことだろう。小綺麗に芝生が整備された公園の中に立つ一本松は、多くの観光客を呼び寄せるシンボリックなモニュメントとしてちゃんと機能している。
復興祈念公園の中には献花台があり、その場所から堤防の外に新しく植えられた松の若木を見ることができるようになっている。何十年か経てば、かつてのような青々とした松原が広がる光景が戻ってくるのだろう。
復興祈念公園の中に建つ、東日本大震災津波伝承館に立ち寄る。ここは岩手県営の施設なので当然岩手県の震災について展示している。福島県北部の出身者として、福島県の震災と宮城県の震災についてはニュース等で気にかけることも多かったが、岩手県となると今まであまり縁の薄かった土地であり、新鮮な気持ちで展示を見る。展示は、震災の被害の悲惨さを伝えることよりもその後の復旧・復興に携わった、自治体・自衛隊・国交省といった組織の活動を紹介することに力点が置かれており、岩手県が復興に向かって着実に歩みを進めてきたことを力強く伝える構成となっている。未だに原発事故の影響に多くの人が苦しめられている福島県の人間からすると、ちょっと羨ましい気持ちにすらなる展示であった。
伝承館を立ち去ろうとすると、伝承館のスタッフさんに呼び止められた。私のザックにつけた缶バッジを見て、私がみちのく潮風トレイルを歩くハイカーだと気が付いて声をかけてくれたようだ。言葉を交わしたのはほんの数秒のことだが、私をハイカーとしてもてなしてくれる人に出会うと気持ちが前向きになる。
トレイルは震災後に整備された陸前高田の市街地には立ち寄らず進み、内陸に入って箱根山という山のふもとに寄り道する。
箱根山にも足を延ばして山頂までのぼってほしいというのがトレイル設定の意図であろうと思うが、既に時刻は夕方にかかりかけ、薄暗くなってきて登山には向かない時間なので、山頂には立ち寄らずトレイルルートをそのまま素直にたどる。再び海沿いに下り、BRT西下駅でこの日の行程を終え、BRTで今日の宿泊先に向かう。
この日は15.6kmを、4時間半ほどで歩いた。
Day27:西下駅→小友駅
2022年8月28日(日)
雨だ。
今日歩くことを予定している場所は広田半島というが、ここは地域の小学生の学習にみちのく潮風トレイルを取り入れていることでハイカーには知られている。小学生がトレイルを歩き、子供の目線でみつけたおすすめポイントをまとめた地図を毎年作成してハイカーに配布するという活動を行っているのだ。私もこの地図を事前に入手して、広田半島を歩くことを楽しみにホテルで地図を眺めていた。
しかし今日は雨、歩きながら紙の地図を広げている余裕はなさそうだ。せっかくの子供達の力作が濡れないようにザックに大切にしまい、レインコートを着込んでBRT西下駅から本日の行程をスタートする。
西下駅のすぐそばの漁港は両替漁港というらしいが、またしても独特な名前の漁村だ。
雨の中を黙々と歩いていく。8月の雨は蒸し蒸しとしてレインコートを着ているととても暑く、寄り道をする余裕も写真を撮る余裕も無くただ無心にトレイルを辿っていき、あっという間に広田半島の先端、黒崎仙峡にたどり着いた。子供達の作った地図にはきっと色々な見所が載っていたのだろうが、全てスルーして歩いてしまってちょっと申し訳ない気持ちになる。
トレイルは黒崎仙峡から舗装路を外れ、海岸沿いの自然歩道を地形に沿ってアップダウンを繰り返していく。浜に降りたり沢を渡ったり、歩きごたえのある道が続く。
自然歩道は六ヶ浦という漁港で終わり、車道に出る。
それにしても、蒸し暑い。雨は降り続いているのでレインコートを脱ぐわけにもいかず、腕まくりをして暑さをやり過ごしながら漁港のそばを歩いていると、路傍に車がとまり、乗っていたおばさんから声をかけられる。
「あんた、この傘あげるから傘さして歩きなさい!」
おばさんはそれだけ言うと私にビニール傘を手渡して去っていった。お言葉に甘えて傘をさすことにしてレインコートを脱ぐと、確かに蒸し暑さから解放される。またしても地元の人の親切に甘えてしまった。今後は雨具として、レインコートだけでなく折り畳み傘も持ち歩くことにしよう。
広田半島の付け根にあるBRT小友駅で今日の行程を終える。
この日は24.3kmを、5時間あまりで歩いた。BRTの乗り継ぎで立ち寄った陸前高田駅には、みちのく潮風トレイルの見どころ看板が建っていた。陸前高田駅は、津波で破壊された街を嵩上げして新しく整備された商業施設が集まる一角にある。
余談。今回、移動には青春18きっぷを使った。気仙沼線・大船渡線のBRTは鉄道では無いものの、JRが運行しているので青春18きっぷで乗ることができる。青春18きっぷで旅をしたことのある人ならわかると思うが、18きっぷは自動改札機を通れないため、駅員か車掌にその日の日付印を切符に捺して貰って有人改札を通ることになる。だが、2日目の朝、西下駅でBRTを下車する際にバスの運転手に18きっぷに日付印を捺してくれるよう頼んだところ、バスにはハンコを載せていないので捺印することができないと断られ、日付の入っていない切符を提示してバスを降りることになった。当然帰りのBRTを乗り換えのために陸前高田駅で下車する際にも日付の無い18きっぷを提示することになり、キセルをしているようで何だかバツが悪い。陸前高田駅の駅員に日付印の捺印を頼んでみたところ、ここはバスの切符を売る窓口だからハンコは置いていないとのことだった。結局、日付印は気仙沼駅でBRTから大船渡線の汽車に乗りかえるために改札を通る時まで捺して貰うことができなかった。制度上は18きっぷでBRTに乗ることができるのに、BRT区間内では日付印を捺印するシステムが備わっていないのはいかがなものかと思わずにはいられない。これでは、BRT区間に乗車するだけなら日付が空欄の18きっぷを提示すればタダでいくらでもBRTに乗れてしまうことになってしまうのだが、これでいいのだろうか…?
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