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神社の祠で幼い私が手招きしていた


ある夏の日のこと

私は
田舎道を歩いていました。
じりじりと太陽が照りつけて
じっとりと汗をかきながら
田舎道を歩いていました。
畦道に雑草がしなだれ
もたれてよりかかっています。

太陽は容赦なく
万物に攻撃的です。
麦わら帽子で
防御して歩いていました。
ヒメジオンとヒマワリが
お辞儀して見送ってくれます。

田舎道を歩いていました。

何かに呼ばれている感覚。
何かが待っている予感。

いつの間にか
攻撃をやめた太陽が
山の尾根に近づこうとしています。

すると
懐かしさに包まれました。
まもなく 
記憶にかかるベールが 
剥がされる予感。

誰かに導かれている

どんどん
田舎道を歩いていました。

オレンジの斜陽が田園に
光を投げかけます。

その光を掻き分けるように
歩き続けました。


こんな風に
この道を私は歩いたことがある。
確信にも似た感情が胸の奥でチラリと揺れます。

頭の中で何かが
海馬をチクリと刺激します。
幼い頃に受け取って
心の中にしまい込んだ何かが
出口を探して
私の中でもがいています。
記憶の破片を拾い集めて
ひとつの心象を織りなすために
私は
田舎道を歩いていました。

空気はどこか
懐疑的な香りを含んで
私を取り囲みます。

記憶の点と点は
結ばれて線となって
もう少しで
明確な姿を現そうとしています。

このカーブを曲がったところ
この雑木林の向こう側
川のせせらぎの音

ああ、知っている

ここで私は足首を濡らした。
タオルを水に浸した。

そして

朱色の鳥居


記憶の糸を手繰り寄せる。

幼い頃の記憶


この鳥居の横の祠で
私はうずくまっていた。
行き場を見失い
神社の祠でうずくまっていた。


おばあちゃん
おばあちゃん


お昼寝から目覚めたら
家族がいなかった。

お墓参りに行ったのだ。
わたしを
ひとり置いて行ったのだ。
蝋燭と線香と花はなくなっている。おばあちゃんのお墓参り。
私も行きたかったのに。
おばあちゃんが大好きだったのに。


飛び出した私

おばあちゃん
  おばあちゃん
どこにいるの?
確かこの辺だった。

お墓は見つからなかった。
神社の周りをぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる回った。
何度も同じところを
何度も回った。
見つからない。
  見つからない。

太陽は傾きかけている。
狛犬がぎろりと見下ろした。

おばあちゃん

青竹が風でびゅーんと唸りました。
同じところを
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる

現(うつつ)と幻
その狭間でいったりきたりする
記憶の欠片たち


ここにいたんだね

私は見つけてほしかった。
私を見つけてほしかった。
私が見つけたかった。

だれに?だれを?だれが?

家族に?
おばあちゃんに?
おばあちゃんを?


ああ、
気づかないふりをしていた

突然
影法師を地面に縫いつけられたように身動きできなくなりました。

ここに私がいる

見つけてと叫んでる

呼んでいたのは私。
おばあちゃんに会えずに 
うずくまって泣いている私。

オレンジの光は
私を照らしていました。

私は私を見つけました。

柔らかなオレンジの光の中に。


忘れていてごめんね。
あの日
両親になだめすかされて
家路についた私
私の想いを置き去りにして。

おばあちゃんの
お墓に行こうね。
お参りしたかったんだね。

私は幼いわたしを
ぎゅっと抱きしめました。

淡く薄くなっていく
太陽の光は
やがて深く青い闇に隠されました。

そして
神社の祠で立ちつくす
私の影法師が
ゆっくりと地面から
剥がされていきました。

夏の星座が
空を飾りはじめています。











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