打ち上げ。。。
皆さんは貧しいと感じたことはありますか?
芸人をやっているとお金がなくて「貧しい」と感じたことは何度もあるが、意外にもその貧しさは一人でいる時ではなく芸人といたときに感じたことが多い。
かなり昔の話になるが、今回はまつばっちさんというピン芸人が仕切る打ち上げでの話。
彼はいつもハットを被り、50メートル先からみたらちょっとだけナオトインティライミみたいに見える人で、売れてない芸人には珍しい「こ汚くないタイプの芸人」である。
彼はよくお笑いライブを主催していて、そのライブの後は決まって出演者のみんなで打ち上げをしていた。
打ち上げの場所は安くて飲めるでおなじみの中野にあるさ〇ら水産へ。
さ〇ら水産に到着するとまつばっちさんはライブ主催者とばかりに仕切りだした。
「みなさーん!1人千円で飲みくいできるように僕がしますので、注文は全部僕に任せてください!」
ライブ中はおとなしくしているまつばっちと違ってこの時のまつばっちは水を得た魚のように生き生きしている。
店員を呼び、メニューを指しながら「これを〇個で、あとこれも〇個。」時折、真剣に考えてる顔をしながら「これは…じゃあ、〇個で。」
居酒屋で注文している彼の姿は、ビックプロジェクトを任され部下に的確に指示を出しているような、そんなできる男の雰囲気を放っていた。
そして、しばらくして
瓶ビール3本、コップ15個が運ばれてきた。
各テーブルに瓶ビール1本ずつ。それを5人で分ける。
中瓶500㎖なのでひとり100㎖ずつだ。
「カンパーイ!」で勢いよく飲んだら「ゴクッゴクッ」でなくなる量である。いや、下手したら「ゴクッ」でなくなる。
すぐに空にならないようにビールを熱燗のようにみんなちびちびと飲んだ。
とはいえ、ビールはおつまみと一緒に飲みたいのでみんなひとちびだけするとおつまみの到着を今か今かと待っていた。
そこにようやく、おつまみが運ばれてきた。
まつばっちはすぐに店員に駆け寄り、おつまみを各テーブルに運びながら大声で叫んだ。
「みなさ~ん、魚肉ソーセージは一人一切れずつでお願いします!!」
そしてまた念を押すように
「一人、一切れ!!一人、一切れずつですからね~!!」
刺身の盛り合わせとかを注文したときにきく「ひとり一切れずつ」という言葉。
いや、一般的に普通の人は刺身の盛り合わせを注文してもわざわざそんなことは言わない。
「ひとり一切れずつですよ~!」とわざわざ言わないといけないのは人の分まで食べてしまうような馬鹿がいるからこの言葉を言うのである。
少し脱線してしまったが、もはや刺身でもない魚肉ソーセージ(原材料は同じ魚だが)のスライスをひとり一切れ…。
私は小さい一口で嚙み切って、よく噛んで飲み込んだ。
ちょっとでも空腹を満たすための知恵である。
もちろんそれだけでおなかが満たされることはなく、逆に少し食べ物を食べたことで余計にお腹が空きみんなの空腹もMAXに達していた。
空になったお皿を前に「一人千円とはいえ、まさかこれだけじゃないよな」というピリピリと不穏な空気が流れる中
満を持して「鶏の唐揚げ」が運ばれてきた。
今までとはうってかわって各テーブルからは歓喜の声が上がった。
しかし、その鶏の唐揚げをみると一皿に4個しかのっていない。
テーブルには5人いるのに。。。
もちろんすぐにじゃんけんをすることになった。
「絶対に唐揚げを食べたい!」
絶対にじゃんけんで勝つ!その場にいた誰もがそう思っていた。
魚肉ソーセージ一切れで満たされる人間などこの場にはいないのだ。
私は一番に勝ち「よっしゃー---!」と叫び、無意識でガッツポーズをきめていた。そのくらい私はこのじゃんけんに賭けていたのだ。
しかし、自分は勝ったものの、負けた一人が鶏の唐揚げを食べれないのはちょっとかわいそうだなと思っていると
誰かが「じゃあ、負けた二人が半分ずつね!」と言った。
それを聞いて「その手があったか!」と感心した。一個食べれないとはいえ半分は食べれるので勝った人達も罪悪感なしに唐揚げを食べられる。
せっかく勝ち取った唐揚げを恨めしそうに見られながら食べるのはさすがにごめんである。
私以外の4人のじゃんけんはすぐに決着がついた。
負けた二人が半分ずつ。。。
どうやって分けるのかと思っていると、負けた一人が
「俺、先に半分食べるね」といって嚙み切って分けて食べていた。
めちゃくちゃ貧しい光景だなと思って見ていたけど、それと同時になにか人間同士の温かさを感じた。
その後も瓶ビール数本と魚肉ソーセージが追加された程度で、一人千円で済んだが誰一人お腹を満たされることはなかった。
「囚人の方がまだご飯を食べれてるよ!」と不謹慎にもそう思ったそんな打ち上げの夜。
そして、それから数年後。
そのさ〇ら水産は潰れた。。。
私はまつばっちさんのせいだと思っている。
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