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道又蒼彩の木版画における挑戦とは by J.M

江戸川橋にあるギャラリーaaploit で道又蒼彩の個展「own pace」を観た。「カフカの階段」という生田武志(野宿者ネットワーク代表)のコラムに着想を得た木版画の連作である。その中で私が気になった作品は《カフカの階段♯2》だ。

《カフカの階段♯2》筆者撮影

この作品は掛軸のような縦長のサイズだ。タイトルから想像するに階段がメインの舞台となる。登場人物は四人である。階段の上に女性が二人。一人は階下の女性に向けて指を指しているのか、助けあげようとしているのか。その上の女性は膝を組んでうつむいて座ってる。その二人を見上げるように階下に二人の女性がいる。上段の女性を見上げ、助けを求めているようにも、階段を昇れないことを受け入れているようにも見える。もう一人の女性はその女性に後ろから抱きついている。それは昇ろうとしている女性を止めているのか、二人して昇れないことに落胆しているのか。彼女たちの目はピエロの目のように見える。黒く塗りつぶされた瞳からは表情が読み解けない。想像の幅が広がる。
背景には雲が浮かぶ青い空。高速道路のように見える黒く細長く描かれたモノ。それは海に浮かぶ養殖の網にも見える。その手前には海を区切るためのガードレールか。またその手前には段々畑のようにグネグネしたラインに区切られたエリア。山なのか。ディヴィッド・ホックニー(1937ー)のプールに描かれた水面に写る光のようにうごめくような太いラインが描かれている(1)。

階段が箱根の寄木細工にみえる模様で存在感がいやおう無しに増してくる。人と階段以外は抽象化された世界。
階段を中心とした四人の物語がクローズ・アップされる。近づいて観ると全体に左右のラインのようなものが見えてくる。作品の表面がざらついている。ざらつきの効果は鑑賞者と描かれた世界の間を一枚のガラスで仕切っているようだ。空気のように全体を覆った粒子が別の世界の物語だとささやいているようだ。
再度、人物に注目してみたい。輪郭で囲まれた人物は絵本の登場人物にも見える。影絵作家、藤城清治(1924ー)の影響だろうか(2)。このように描かれたキャラクターの存在も別の世界の話だと鑑賞者に思わせているのかもしれない。

《カフカの階段♯2》拡大 筆者撮影

道又の創作の元となった「カフカの階段」は「チェコ出身の小説家フランツ・カフカの小説から着想を得て、社会運動家・作家の生田武志が提唱した概念である。階段を一段一段下りていくこと(失業からホームレスにな
ること)は簡単だが、階段を上ること(元の社会に復帰すること)は困難であることを階段の上り下りに例えている。」(3)というものだ。私は上野によく行くが、ホームレスであろう人の姿をよく見かける。新聞やニュース
でもそうだ。ただ、視界には入っていても、私には関係ない世界の話だと思い、見て見ぬふりをしているのだとこの作品を観て考えさせられた。抽象的な世界に暮らす四人の女性たち。それをガラス越しに観る私。この隔たりは作品の中の世界と私は関係ないのだと思う私の意識かもしれない。道又が「自分も気がついたら階段の下にいるかも」と語っていたのを思い出した。私は経済が右肩上がりで育ったX世代だ。Z 世代の道又の方が、現実が見えているだ。
翌日、私は金沢で「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」展で木版画の作品を堪能する機会を得た。川瀬巴水(1883ー1957)は写真や印刷技術の進歩で衰退した浮世絵を新版画という形で再興させた木版画の絵師である。旅情詩人と呼ばれ、全国の風景を新版画として表現した。川瀬の特徴は日本画と西洋画のスタイルを融合した画法、ザラ擦り、絵師、彫師、摺師の分業体制である。
川瀬は洋画を学び日本画を鏑木清方(1878-1972)に師事した。西洋画の要素が従来の浮世絵とは違った世界観を体現する大きな要素となっている。二つ目のザラ擦りは浮世絵では使わなかった手法である。前面にザラついた色が載り、この色むら絵に奥行きを与え深みを演出するのである。(4)三つ目は分業制のスタイルの復興。
当時は創作版画流行し、一人で全ての作業を行う流れが主流であった。分業制を取り入れることで、芸術性の高い版画を目指したのである。
月明かりだけで照らされた薄暗い中に見える細かな描写や雪景色は川瀬の真骨頂だと私は考える。

特に雪の表現方法が素晴らしい。版画が勉強不足で正しく技法を伝えられないが、白にもさまざまな表現方法を用いている。これら新しい手法によって新版画は多くの注目を集めるところとなり、スティーブ・ジョブズの目にとまることとなった(5)。
川瀬の作品を通し、短期間での版画制作の学びから道又の挑戦とはどういうことか考えた。大学で木版画制作を始めたのだが、大きく3つの挑戦をしている。油性インクの使用、MDF ボードを版木に使う、そして、自画、自刻、自擦の制作スタイルである。
一つ目のインクだが、日本の木版画の代表選手、浮世絵は天然の鉱物や植物から取れる顔料を使用していた。
現在では水性を使うのが一般的らしい。しかし、道又は油性インクを使用している。色合いが良く、耐光性・保存性に優れているのだ。しかし、乾くのが早いため迷いなく制作をすすめなければいけない。版画のよいところは、彫り始めたら後戻りできない「いさぎ良さ」だろう。
二つ目は MDF ボードだ(6)。浮世絵ではは桜の木を使うそうだ。MDF ボードは木材チップを蒸煮・解繊したものに合成樹脂を加え、板状にしたもので、木目がなく、彫りやすいのが特徴である。さらに「ざらつき」の効果を生むのである。これが、上記したように作品に大きな影響を与えている。十分な考察はできていないが、川瀬のザラ擦りも似たような効果があるのではないだろうか。
三つ目は自画、自刻、自擦の制作スタイルである。浮世絵では絵師、彫師、摺師と分業制となっていた。明治の後半くらいから創作版画としてこのスタイルが日本でも定着してきた。浮世絵は「複製」が大きな使命だった。
木版画自体の芸術性を高めるためには一人で全て行う必要があったである。道又の場合は大学生であるため、物理的に他者と作業を分割するということは難しいので結果的には一人でやるしかないのかもしれない。しかし、自らすべての工程をおこなうことで、道又の独創性が発揮されているのは間違いない。
道又は「季節の中で冬を作品にするのが一番、難しい」と語っていた。道又の次の挑戦はそこかもしれない。
一番、わかりやすい冬の表現は雪だ。雪すなわち、白の表現である。多彩な白の表現方法をどのように獲得していくのだろうか。道又の挑戦はつづく。今後も目の離せない作家である。

【註】
1 《リトグラフの水(線、クレヨンと 2 種類のブルーの淡彩)》(1978-80)(20231001 閲覧)
https://museumcollection.tokyo/works/6383116/
2 道又との会話で好きな作家だと話していいた。
藤城清治美術館 HP(20231001 閲覧)
https://fujishiro-seiji-museum.jp/
3apploit HP(20231001 閲覧)
https://aaploit.com/artist/aoi_michimata/
4ザラ擦り (20231001 閲覧)
https://fukutoraku.com/kawase-hasui-favorite-painter-14/
巴水は芸術性を高めるために、この技法を使っていました。
『ザラ擦り』、これは浮世絵ではまず使わない技法であり、新版画ならではの独特の技法です。『ザラ擦り』とは、何も掘られていない版を擦って、その木目を絵の下地することです。まず、最初に輪郭の彫られた線画の版木を
擦ります。次に擦るのが、『ザラ擦り』に使う何も彫られていない版木。この版木に薄い絵の具をつけ、先ほどの絵を重ねて擦ります。ここで使うのがザラ擦り用の場練(バレン)です。通常よりも目が荒いものを使います。
この場練で円を描くように擦ると、前面にザラついた色が載ります。この色むらが完成した時に効果を発揮し、絵に奥行きを与え深みを演出してくれます。雪の絵を見ていただくと、雪が積もった白い屋根や地面にその様を窺うことができます。
5スティーブ・ジョブズさんが愛した川瀬巴水の浮世絵がこれだ。没後 11 年で振り返る【画像集】(20231001 閲覧)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/hasui_jp_633cef6ce4b03e8038c3588c
6MDF 版木 (20231001 閲覧)
https://www.gazaihanbai.jp/products/detail/product_id/66320.html
【参考資料】
授業・学生紹介 | 武蔵野美術大学
https://www.musabi.ac.jp/course/undergraduate/pm/student/
旅情詩人・川瀬巴水。渡邊庄三郎と二人三脚で切り開いた「新版画」の世界を覗き見る
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/24779
美術館・アート情報 Artscape
https://artscape.jp/artword/index.php/%E5%89%B5%E4%BD%9C%E7%89%88%E7%94%BB%EF%BC%88%E9%81%8B%E5%8B%95%EF%BC%89
版木ムサビ
http://zokeifile.musabi.ac.jp/版木/
「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」ステップ・イースト 2023 年

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