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道又蒼彩の個展

道又蒼彩(みちまたあおい)はメディアと風刺に着目し、武蔵野美術大学大学院で版画研究に取り組んでいる。学部時代に制作した“カフカの階段”シリーズは、学部卒業を控えた自身と同級生がこれからの人生をどのように歩むのかを示した作品シリーズである。

初めて道又蒼彩の作品を見たのは学部の卒業制作展、2023年の年初だった。鷹の台駅から20分ほど歩いてきてキャンパスの門をくぐり、左手側の一番奥、壁一面を使ったカフカの階段の展示、見せているものと同等にコンテキストも立ち上がってきた。

展示風景, 2023, 武蔵野美術大学, Cutesy of the artist

絵本のようなストーリーテリングがなされているが、上下に振られた視線にモノクロの階段がまとわりつく。このモノクロの階段の作品は、左手側の壁にも提示されており、繰り返しがなされていた。階段なのは間違いないが、何かの冒険譚だろうか、ということを想像したように思う。アートを見る時の「これはなにか?」という声が頭の中で聞こえてきた瞬間だった。

その場に居た道又と話ができたこともあり、カフカの階段について教えてもらう。その後も打ち合わせを重ね、個展の開催を実現することができた。そして2回目の個展「SPRING」を開催する。

道又は油性木版画を制作する。版木を削り、和紙に版を写す。最初に数枚の刷りを行った後で版木を掘り進める。版画ではあるが、最初に刷った枚数を超えて作品をつくることはできない。刷り損じたら最終的なエディション数は削られていく。エディション数は正真正銘の限定数であり、版木が残っているものの、そこから刷った作品は当初の作品とは異なっていく。複製技術である木版画だが、さながらユニークピースとしてエディションを括っているようである。画面には版木の表情と和紙の繊維の相乗効果によって雲母刷のような独特な効果が表れてくる。制作にあたっては透明のメディウムに微量のインクを混ぜて薄い色の版を重ねていき、何十版も重ねる。主線と影は掘り進めによって調整されていく。道又が画面作りで重視していてるのはレイヤーであり、重ねられた版が浮き上がるように見え、沈み込むような色の深さを見せることである。乗せる色の数によって用意する版木の数が変わる。緻密に計算されて作られた画面だが、絵本のようなスタイルに緊張感はやや和らぐ。

“カフカの階段”とはチェコ出身の小説家フランツ・カフカの小説から着想を得て、社会運動家・作家の生田武志氏が提唱した概念である[1] 。人生の様々な局面を階段に例えて、階段を一段一段下りていくこと(失業からホームレスになること)は簡単だが、階段を上ること(元の社会に復帰すること)は困難であることを示している。道又蒼彩はカフカの階段の概念を参照しつつ、彼女と同世代の二十歳前後の人たちに向けて制作した。階段を下りていることに自覚のない者、階段を上るということを放棄した者、一律に階段を上らなくてはならないのか?道又は作品を通じて問いかける。トー横キッズに見られるような現代的なテーマを扱っているが、一見すると絵本のような雰囲気である。扱っているテーマの深さ、また、階段を様々なシチュエーションとして、必ずしも全ての人に適用できるものではないという訴えが込められている。

春は新しい生活が始まるスタートの季節、一斉にスタートと言われるが、スタートラインに立った時に、それぞれに、それぞれの状況がある。多様性と包摂性(ダイバーシティ&インクルージョン)は、企業がパーパスとして掲げているが、それを強調せねば、容易に視界から外れてしまうからだろう。とはいえ、居場所まで分け入ることが、果たして適切だろうか。

《fit in》, ©道又蒼彩

木版画による画面は彫りと刷りを繰り返すことで和紙がインクをよく含み、インクのにじみや重なり、ずれが画面の奥行きをもたらす。その奥行きは空気感を見せ、絵本のような表現は時代性の超越を目指しているとともに、作品と対峙した際に鑑賞者が物語を紡ぎだす。何層にも版を重ねた作品の奥行きを是非とも実際にご覧いただきたい。

aaploit主催
斉藤勉

SPRING

会期:2024年4月5日(金)から2024年4月21日(日)
オープン時間:金, 土, 日 13:00-18:00
会場:Contemporary Art aaploit
東京都文京区水道2-19-2
Web:https://aaploit.com/aoi_michimata_spring/


[1] 大阪府 人権学習シリーズよりhttps://www.pref.osaka.lg.jp/jinken/work/kyozai7_07_15.html 2023年6月1日 参照


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