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無冠の男はなにを語るのか by J.M

なんやゆうきの個展「流転の澱」を江戸川橋のギャラリーaapliot で観た。初めて作品を観た作家である。ギャラリーのホームページによるとなんやゆうきは名古屋芸術大学で洋画を学び、2023 年に卒業し、現在は愛知県を拠点として制作活動を行っているとある。若手の作家だ。
入口から見て奥に今回の展覧会のタイトルである作品《流転の澱》があり、右側にはその作品から展開したシリーズが展示されている。それらは細胞のようなものが別の個体へと変化していくさまを描いているように思えた。黄色やオレンジ色など鮮やかな色彩で描かれているが、どこかくすんで観える。そのくすみが壁となって、鑑賞者であるわたしが絵の中に入っていくのを拒んでいるようである。


流転の澱, ©なんやゆうき, aaploit


「流転の澱」シリーズ, ©なんやゆうき, aaploit

シリーズ作品の対面にはドローイング、版画、油絵などなんやゆうきのもつ、別の世界観を見ることのできる作品群が展示されている。「流転の澱」シリーズが多彩な色彩で描かれているのに対して、ひとつの対象をシンプル
に描いている。その中でわたしが注目した作品は一人の人物が描かれたドローイングである。


無冠, 2022, ©なんやゆうき, aaploit

人物と言ったが、手や足の指が三本しか描かれていないので、人間なのか、はたまた、アニメのベムのような妖怪なのか定かではない。また、生物学上の男女を見分ける要素となる陰部も抽象化されているので判別が不可能である。
描かれたいるものを「彼」と呼ぶこととする。わたしが彼と呼ぶことに決めた理由は最初にこの作品を観た時に「磔刑図」を思い浮かべたからである。磔刑図とはキリストがゴルゴタで磔刑に処されたところを描いた絵画で古典絵画の主題である。彼は十字架に貼り付けられたように手を左右に大きく広げ、首は右にかしげている。
目は黒く塗りつぶされていた。やせ細った体はわたしが観てきた磔刑図の印象を裏切らないものであった。とは言え、違和感が残る。なぜなら、十字架が描かれていないこと、そして、荊冠(いばらの冠)がないことだ。
タイトルを見ると「無冠」とある。サルバドール・ダリ(1904-89)の作品《十字架の聖ヨハネのキリスト》(1951)
(※1)に描かれているキリストは荊冠をかぶっていない。そういう描き方もあるのだと納得してしまった。

サルバドール・ダリ《十字架の聖ヨハネのキリスト》(1951)

一度、この作品から離れることにした。そして、近くに置いてあるバインダーを手に取った。それはドローイングが綴られたブックだった。そこにはエゴン・シーレ(1890-1918)を思わせる力強い線で描かれた人がポージングをとった作品がいくつもあった。それらの作品を観てわたしは今にも描かれている人物が動き出しそうな躍動感を感じた。その躍動感を感じさせるのは筆致の荒々しさだ。そんな緊張感を二人の作家の共通点としてみることができた。


なんやゆうき《タイトル未定》


なんやゆうき《タイトル未定》

エゴン・シーレ⦅頭を下げてひざまずく女⦆(1915)(※2)


改めて、《無冠》と対峙する。もう一度、全体を細部まで鑑賞してみる。先ほどは気にならなかったポイントがふたつ出てきた。「足元の影」と「顔の上、両手の間の曲線」である。これは何を意味しているのであろうか。先
ほど、観たドローイングブックにある作品の躍動感が《無冠》の中の人物に動きを与え始めた。これは連続して飛び上がっている姿ではないだろうか。
鳥のように何度も飛び立とうとして、両手を羽のようにばたつかせる。曲線はその動きを表しているようだ。
力をいれることで首がもたげ前のめりになる。そのため、胴体に顔の影ができる。激しい首の動きで顎の部分が切れているように描かれている。また、激しい跳躍で陰茎が上下に揺れている。そして足と指の間が離れていることで何度も跳躍する勢いを表現しているのだ。
彼はなぜ、飛び跳ねているのか。どこに飛ぼうとしているのか。それはタイトルにあるように無冠の彼が人生の冠、すなわち人生の勝者になるために努力している姿を跳躍に例えているのか。彼の目は疲れ切って、放心状態にいるように見える。目のまわりに描かれたくまがその証のようだ。そもそも、その跳躍には全く意味がないのかもしれない。先にわたしは磔刑図が描かれていると思った。今は跳躍する男に見えている。どちらが正解か不正解かどちらでも良い。
なんやゆうきのドローイングの痕跡には無駄のものがない。すべてが意味をなしている。数少ない線で人それぞれの物語を紡ぎ出すことを可能にする。人の脳はパターン認識から逃れることはできないという。この作品はわたしの知識の引出をひとつだけでなく、いくつも引出を開ける経験をさせてくれ、絵画の世界に入り込むことができた。それはすがすがしい気分の鑑賞体験となった。


1.Artpedia HP
「十字架の聖ヨハネのキリスト / Christ of Saint John of the Cross 三角形と円で構成されたイエス・キリスト」
https://www.artpedia.asia/christ-of-saint-john-of-the-cross/ 2023/6/20 閲覧
2.アートアジェンダ HP「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」
https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/7755 2023/6/20 閲覧


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