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itokawa en 「t〇ken」で見せたデジタル・フィジカル by M

糸川円の展覧会「t◯ken」が現代アートギャラリーのaaploitで開催されている。糸川円は2023年1月から活動を開始したNFTクリエイターである。名前の表記は漢字とアルファベットがあり、展覧会会場の入り口ガラスには漢字名で記載されているが、各種SNSの発信には itokawa en とある。

iPadで絵を描き、NFTマーケットプレイスで作品を発表する。ほぼ無名の状態からフォロワーを増やしていき、広く大きなコミュニティを築き上げた。NFT作品の発表にあたり100日チャレンジを開始した。100日に渡り作品を発表し、NFTマーケットプレイスでリスト(販売開始)する。連続して100日ではないが、オリジナルイラストの100作品の発表は尋常ではない。既に活躍しているNFTクリエイターとのコラボレーションを積極的に行い、作品の雰囲気がコラボレーション相手によって変化していく。作品はギブアウェイで配布もするが、販売にあたってはオファー、オークションも含めている。Foundationでは出品者が設定した価格でコレクターが入札しないとオークションが開始sされない。itokwaが発表したFoundationの作品は全てオークション方式であり、全ての作品をコレクターが保有している。つまり、最低価格を超える金額のオファーをコレクターが実施していることとなり、作家を中心としたコミュニティが作品の価値付けに大きく寄与している。itokawa のフォロワーは1万を超える。
ヒト・シユタイエルらが《MISSION ACCOMPLISHED: BELANCIEGE》で示したのは、ソーシャル・メディアで発信した情報をファクトとして、(実際にはネットで発信しているだけだが)如何にも流行している、支持されているという雰囲気を醸成し、いわばフィクションであるが、それをバレンシアガの店頭に並べて支持を集める。こうした手法はフェイクともとれるが、先にソーシャル・メディアで評判を獲得し、店頭の真実をフィクションの裏返しとしてファクトとする。ソーシャル・メディアの活用が、現実への投影として成立するということを暴露した作品であった。*1 一方でitokawaの活動は、全てデジタル上での発表であり、拡散であり、評判の獲得であった。ここにitokawaを中心とした価値付けの螺旋が現れる。従来のアート・マーケットでは作家と批評家とコレクターの関係性による価値付けであった。ディーラーの思惑も絡むが、批評による価値付けにより、いわば権威による称揚を受けることで、コレクターの注目を集めるようになる。様々な場所、メディアで露出し、それが更に作品と作家を強化していく。密室的な螺旋からのスタートである。
展覧会の会場は、正面に大型のディスプレイ・パネルが設置されており、メイキングの映像が流れている。正面右手側に提示された16のスクウェア作品を制作しているようである。映像に添えられた音楽は協賛した企業から提供されたもので、その楽曲は音楽NFTとして会場で販売されている。その音楽NFTはチケットとしてQRコードが印刷され、ウォレットを持っていなくても購入することができる。音楽NFTチケットが販売されているのはギャラリーに設けられたグッズ売り場であり、その他にポストカード、ステッカーなどが陳列されている。地続きにリング綴じの画集が積まれており、台座に見本が立てられている。リング綴じなのは、気に入りのページを開いてディスプレイするためだろう。その台座奥の壁にディスプレイ・パネルが設置されており、100日チャレンジのイラストとその制作過程のタイムラプスが流れる。画集の100日と映像の100日が呼応しているかのようである。このグッズ売り場には、展覧会2週目からアクリルブロックと丸缶バッジが追加された。同じ週に東京ビッグサイトでデザフェスが開催されていた。 デザフェスはグッズを販売するが、クリエイター同士、あるいはクリエイターとファンとの交流の場として祝祭の雰囲気がある。itokawaのグッズ販売は、デザフェスで発生する交流をギャラリーで模倣しているのだろう。実際に手に取りやすい価格のグッズは、作家との何らかの繋がりを持ち帰ることができる。
タイムラプスが流れるモニターの左隣には、100日目の作品《act○r》が提示されている。まるで記念碑のように金色のフレームに微笑む女性が座り、こちらを見ている。アクリル板が照明を反射していてまぶしささえ感じる。100日チャレンジで様々な表情を見せたキャラクターは、まさしくスターとして羨望のまなざしの先にあるかのようだ。その左側には猫と戯れる女性が描かれ、それを窓とするかのように漆喰を盛られた横長の作品がある。この女性は好演を見せた俳優と同一キャラクターであるという。これは演技なのか、素顔なのか、そうした思考が現れてくるが、些末なことなのかもしれない。純粋に作品を楽しむ。そうした魅力がitokawaの作品には内包されている。
入口入って右手側の壁のディスプレイ・パネルに映し出されているのはライブ・ドローイングである。itokawaのアトリエとオンラインでつながり、希望すれば会話もできる。タイムラプスの印象から筆が早いと勘違いするが、様々な思考錯誤を経て作品が出来上がる様子を見て取れる。リアルタイムで感じ取れる制作の時間。新型コロナウィルスによるロックダウンによりデジタル化、リモート化が強制的に一般化された。リモート接続したアトリエと違和感なく会話をして、作品についての質問もできる。作家の言葉はスピーカーを通じてギャラリーに大きく響く。ギャラリーストーカーの問題を持ち出すまでもなく*2、在廊もリモートでいいのではないだろうか。
ディスプレイ・パネルの左側には2点の横長の作品、さらに左には16点の《Copy & Paint》シリーズが提示されている。先述したが、これは正面の大型パネルでメイキング映像が流れている作品である。18cmの正方形のキャンバス、デジタルで描いた眼、鼻、口と輪郭、それをジークレープリントでキャンバスに写し、ペイントを施している。閉じた眼、見ひらいた眼、半眼、数パターンの表情がコピーされているように見えたが、実はそれぞれ表情が違う。つまり16パターンのコピーを用意しているのである。この16ピースをコマ撮りすることで、瞬きをするアニメーションも制作されていた。顔がコピーされていることを示している。正方形で4×4のグリッド状に提示された作品は、Instagramも連想させる。こうして並べられた顔は、どうしても好みの選定からは逃れられなくなる。選ぶのか、選ばされているのか。瞬きをする彼女らの顔を見ていると、どちらとも取れない感情が沸き上がってくる。この作品はNFTとしてもトランスファされる。デジタルから生まれ、フィジカルでペイントされ、デジタルカメラで撮影されてNFT作品が制作される。フィジカルとデジタルで同じ作品を所有することになるが、その後の二次流通に制限はなく、キャンバス作品とNFT作品はそれぞれに別の来歴を辿る可能性がある。それは双子がそれぞれ別の道を歩くようである。

*1 https://kubaparis.com/submission/302932 トランプ大統領の選挙キャンペーンについて批判的なメッセージがあり、ネットの影響力について警鐘する映像作品である。
*2 ギャラリーストーカーは、ギャラリーに在廊している作家を長時間にわたり占有し、マウントする発言や、作品と関係の無い話をする。リモート接続によって、マイクとスピーカー越しで会話をすると、自身の言葉と会話が客観視あるいは衆人環視がなされるようである。
参考文献: 猪谷 千香, 『ギャラリーストーカー-美術業界を蝕む女性差別と性被害』, 中央公論新社, 2023年

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