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[恋愛小説]1978年の恋人たち... 3/遠距離恋愛

1978年の春に、優樹は中野区南台の桃花荘から西新宿校舎へ通い始めた。
建築学科の3年は、4つの選択コースのどれかを選ぶかが重要だった。その選択は自分の将来の専門性や職場を選ぶことに繋がり、慎重に成ざる得なかった。
4つのコースは、計画系、構造系、生産系、設備系だった。
計画系は、設計がメインで建築家を目指す、もしくは設計事務所に就職するならこれだった。構造計画の追試を受けていた自分に構造系はあり得ないし、現場監督育成が目的の生産系も関心は無い、ただ環境工学の成績が良かったので設備系の授業も選択していた。
それでも、計画系の授業は真面目に出席していたが、全授業を受講してはいなかった。

水原美愛(ミエ)とは、昨年の秋に日立・大甕にあるカトリック系短大の文化祭で知り合った。それからは長い文面の手紙のやり取りと長電話、そして時々デートで会う、いわゆる遠距離恋愛中だった。例の事故の後暫く自宅で大人しくしていたが、三月に入ると観梅の終わった水戸の公園や隣町の喫茶店でデートをしていた。そんな時に、彼女は装いには気を遣っていたようだった、いつ見ても綺麗なブラウスやスカートを身に付けていた。
美愛は3月に短大を卒業し地元の銀行に就職したのでそれ以降日曜日にしか、会えなかった。
5月の連休には、彼女が東京に来ることになった。

その日、新宿西口の地下広場で待ち合わせし、西新宿の超高層ビルの三井ビルのサンクガーデンへ行った。そこは二人のデートのお気に入り場所で、野外のテーブルで何時間も二人でお喋りをしていた。そして、それに飽きると東口をウィンドウショッピングしたり、スピルバーグの「未知との遭遇」を見たりした。南台の桃花荘にもたまに行くというパターンだった。美愛が帰る時間になると、優樹は上野駅の常磐線の始発ホームまで見送りに行った。さすがに短い逢瀬の別れは辛かった。又これで2、3週間、お互いの顔を見られないと思うと切ない気持ちがこみ上げてきた。
優樹は山手線の上野から新宿までの記憶は無く、いつの間にか桃花荘の自分の部屋に戻っていた。

6月末に、「小学校」が課題の設計製図演習の提出があり、中旬から部屋に籠もり製図板に向き合っていた。1,2年次の課題の点数は60から70点で、今回は80点を狙っていた。エスキースも進み、そろそろ本チャンのインキングをするタイミングで、彼女がアパートに来た。
その前の週に電話で
「課題で忙しいから、そんなに相手も出来ないよ。」と優樹が言う。
「私編み物しているから。」と美愛。
美愛は部屋に来ることで、応援するつもりなのだろう。優樹は渋々同意したが、美愛が傍に居れば、気が散るので余り乗り気ではなかった。

美愛が部屋に来たとき、優樹は明け方まで図面を描いていたので、ベットで仮眠していた。
美愛は「良いわよ、そのまま寝ていて」と言うが、
優樹はごそごそと起き出してきた。
美愛「どう調子は?」
優樹「まー、進んでいるが、遅れ気味。」と無愛想に返事をする。
応援する気持ちで来たのだと思うが、優樹には焦る気持ちもあり、眠い目をこすり、製図板に向かう。
美愛は、手提げバックから編み物を持ち出して、編み始める。
暫く二人は黙って作業に集中する。
美愛「コーヒー入れる?豆は何処?」
優樹「冷蔵庫。コーヒーメイカーの使い方分かる?」
美愛「大丈夫。」
二人、黙って出来たコーヒーを飲む。
優樹が美愛の後ろから、いきなり抱きつき、キスをしようとする。
美愛は驚きながらも、唇を許す。
さらに優樹が美愛の胸に手を伸ばそうとする。
美愛「止めて。」
優樹「…。」それでも、続けようとする。
美愛「止めてって。」

優樹「こうなるから、来るんじゃないと言ったんだ。もう帰れば。」
優樹の言葉を聞いた彼女は、黙って編み物を仕舞うと、気まずい雰囲気のまま部屋を出て行った。
優樹は、さっきまで美愛が座っていた場所を見ていた。

優樹には建築だけで無く、女性の気持ちを深く理解しようとする能力も姿勢も不足していた。

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