木馬館

2019年・珠玉の10役

2019年。どんな日も、西で東で、大衆演劇の芝居がきらめいていた。これまで何十年とそうであったように。

今年も、舞台愛いっぱいの役者さんのおかげで、たくさんのお芝居を楽しみ、何人もの素晴らしい役に出会った。中でもお宝となった思い出、“珠玉の10役”について、拙い言葉で語ってみたい。


①『龍馬とおりょう』より龍美麗総座長の坂本龍馬(スーパー兄弟 1/20夜@浅草木馬館)

木馬館に、“坂本龍馬”という夢が立っていた
「good-bye、ぜよ」茶目っ気のある英語交じりの土佐弁。
鋭い知性をユーモアで包んだ、不敵な笑顔。
岡田以蔵(南條勇希副座長)との悲しい友情。
身投げしようとしていたおりょう(龍魔裟斗花形)を助ける、人のいのちへの慈しみ。
「さあ、ハネムーンじゃ!」窮地をのんきな笑顔で乗りきり、おりょうの手を力強く取る。

短銃にブーツ、龍馬ファンお馴染みのアイテムも満載で。
(この人をずっと見ていたい)と思わせる、みんな大好き日本史の規格外・坂本龍馬!

0120夜

(当日のお写真)

実在した土佐の商人の人生から飛び出して、みんなの夢を飲みこんで。小説でテレビで漫画で舞台で、繰り返し喝采を浴びる“龍馬”という夢。

練り上げられたストーリー、何より見事な演者のおかげで。わずか1時間ばかりの尺で、余すところなく夢を見させていただいた。

先日発表されたスーパー兄弟さんの公演予定によると、4~7月が関東公演とのこと。また、あの龍馬の活躍が観たいとチャンスを狙っています(*^▽^*)

②『おりんの赤ん坊』より蘭竜華さんの老母(劇団天華 3/13夜@三吉演芸場)

氷がパキンと割れるように。何十年も固く閉じていた母のこころがひび割れる。

『おりんの赤ん坊』は、劇団天華さんのオリジナル芝居。台本を提供された澤村千夜座長が「読んだ時点で泣いた」と語られて、話題を呼んでいた一本だ。

0313夜

(当日のお写真)

熱病のために、幼いこころのままで大人になった女性・おりん。
冒頭、蘭竜華さん演じる老母は、娘を半ば突き放したように語る。
「あの子は子どもみたいなものですから…旅人さんの部屋に来たら、遊んでやってください」
人生はもう店じまいだ、心に波風立てず静かに終わろう――そんな心情が伝わってくるような、シンとした口調。

しかし物語は後半、すべてが根底から覆る大どんでん返しを迎える。
「あの子が熱病にかかったせいで、あたしの人生はめちゃくちゃだ!」
「あたしがすぐに気づいていれば…あたしは、いい、おっかさんじゃなかった…――」
血の滲む後悔のセリフとともに。
小さな宿屋の中で、何十年もうずくまっていた母のこころが解き放たれてゆく。

③『風雪流れ旅』より紫吹未美さんのおとよ(劇団紫吹 4/13夜@此花演劇館)

演じ手が想いを吹き込んだセリフは、こんなにも人の心を打つのだ。
小さな女優さんが、シンプルなお芝居の底力を思い知らせてくれた。

この日初めて観た、劇団紫吹さんの公演。アットホームな此花演劇館(ここも初来訪でした)で、一人の女優さんから溢れる“熱”に目が離せなくなった。

0413夜

(当日のお写真)

三味線引きの男を愛するヒロイン・おとよ(紫吹未美さん)。男への想いを聞かれ、噛みしめるように答える。
「惚れてます、惚れてます…命を懸けて惚れてます」
この短いセリフが胸を打ったのは、演じる未美さんが、とにかく真剣に一言一言を口にしていたからだ。“命を懸けて”という言葉に、まっすぐな愛を込めて。

物語が進む。男のために我が身を引き、一人きりになったおとよが、透明な涙をぽろぽろ流して叫ぶ。
「さァ、津軽へ帰ろう…冷てェ津軽の雪だって、この東京よりはあったけえ…!」
おとよの精一杯尽くしぬいた想い。報われなかった恋の花…
千切れそうな想いが、熱い涙にのせて舞台いっぱいに広がっていた。

④『赤垣源蔵 徳利の別れ』より玄海花道花形の源蔵(花の三兄弟 6/9夜@新開地劇場)

(か、可愛いー!)と胸中で叫んでしまうくらい、花道花形の源蔵はチャーミングで愛くるしかった。
役者さんの持つ個性と役柄がぴたっ!と合わさると、ものすごい相乗効果が生まれるんだなあ…本当にあの日、遠征しててよかった。花形すごい。素晴らしい。

0609夜

(当日のお写真)

衣桁にかけて兄に見立てた着物と、別れの酒を酌み交わす名シーン。
くるくる変わる源蔵の表情に釘付けになった。
騙すつもりではなかったのです、と申し訳なさげに眉を下げて。
もうすぐ討ち入ります!と誇らしげに、顔をにぱっと綻ばせる。
そして空想の面会に物悲しくなったのか、本当の兄恋しさにたまらなくなったのか…「ハハ、ハハハ…」と自嘲気味に高笑いしたかと思うと、白い顔をぽろりぽろりと涙が落ちる。
涙混じりの“弟”の声が呼ぶ。
「兄上様……!」
三兄弟の末っ子花形の可愛らしさ×兄を慕う源蔵の弟ぶり がもう、無敵の方程式すぎて感涙にむせぶ……ありがとう花形…

※余談ですが、この『赤垣源蔵』は、筑紫桃之助座長の片岡&市助に観る情の込めっぷりとか、博多家桃太郎弟座長の兄・塩山に観る超絶的上手さ&かっこよさとか、見どころが満載過ぎて語りつくせないので、とにかくあと何回でも拝見したい…

➄『八つき子』より澤村心座長の亀吉(春陽座 8/4昼@三吉演芸場)

“芝居の春陽座“が最も得意とされているのは、“泣き笑い”のお芝居だと、いつかの口上で伺った。
『八つき子』は、その言葉に深く頷かされる名芝居だ。

澤村心座長の亀吉は、これ以上ないほど優しい笑顔のお父さん。

0804昼

(当日のお写真)

愛息子の健坊が帰ってくれば、ぱあっと満開の笑顔。
「次のサッカーの試合、弁当にハンバーグ入れたれや。次の相手は強豪や!」
目に入れても痛くないとはこのことか…という可愛がりぶり。
しかし、突然明かされる残酷な真実に、亀吉の父としての心はズタズタに切り裂かれる。
飲めない酒を煽りながら、ぼろぼろ泣く亀吉。始終ニコニコとしていた顔を、くしゃくしゃの悲しみにゆがめて。
「みんなでわしを騙しよって…わし、可哀想すぎるやろ…!」
(このシーンは何度思い出しても切なすぎる……)

けれど、“芝居の春陽座”の泣き笑いはここからだ。
健坊の顔を見つめ、「似てへんなあ」としみじみ言う亀吉。健坊は笑顔で、あっけらかんと、「似るひまなかったんやろな」と答える。
その目は真っすぐ、愛情いっぱいに父・亀吉を見つめて。
「そうか…似るひま、なかったんか」
亀吉の目じりがゆるゆる下がって、愛情が溶けて。

客席も主演も、涙しながら笑っている。

⑥『高橋お傳』より辰己小龍さんのお傳(たつみ演劇BOX 9/22夜@篠原演芸場)

観終わった後、まだ心臓がどきどきしていた。
超上質なサスペンス映画のように、ただの一瞬も物語から目を離せない。
次は何が?何が起きるの?

0922夜

(当日のお写真)

悪女・オリジナル芝居・辰己小龍さん。
魅力的なキーワードに惹かれて、駆けつけた篠原演芸場は夜にも関わらず、パンパンの満席だった。
濃密すぎる1時間40分、とにかくかっこいいお傳が出ずっぱり!
病気の亭主を治すため、「副院長にしなだれかかって、話をつけて…いっそ一晩、身を投げ出しても」と思案する芯の強さ。
かつての恋人・山田浅右衛門に「あたしの人生を返してよ!」と叫ぶ、等身大の女ごころ。
運命の分かれ道で悪女に堕ちて。
いくら罪を重ねてもぎらぎら生命力に満ち、「警察だろうと閻魔だろうと、まとめて相手をしてやるさ」と吐き捨てる。
か、かっこよすぎる……

小龍さんのかっこいいセリフ回し、きりっとしたお姿、何より小柄な体から立ち上ってくるそのパワー!

⑦『残菊物語』より桜愛之介副座長の居酒屋さん(劇団花吹雪 10/20夜@篠原演芸場)

定めた道に生きる男、男を支える薄幸のヒロイン――時代を超えて人々の涙を絞る設定。
そしていま一人、ヒロイン・お徳に寄り添ってくれる優しい影。貧しいお徳・菊之助夫婦(藤乃かなさん、桜京之介座長)を親身に支えてくれる、桜愛之介副座長の居酒屋のおじさん(役名を聞き逃したのが一生の不覚…ご存じの方教えていただければ幸いです)。

1020夜

(当日のお写真)

お徳とおじさん、二人が語り合うシーン。
白髪交じりの彼は、かつて役者をやっていた。先立った妻は、夫の舞台を誰より愛していたという。
「あのころ、女房と二人で貧しかったけど……楽しかった、なあ~!」
宝物の記憶を取り出すように、しみじみと、にこにこと語るおじさん。
お徳も、苦労続きでも、好きな菊之助との生活を「楽しかった」と、微笑んで言いきる。
二人の会話は、人を愛する喜びを知る者同士の、細やかな優しさに満ちている。

しかし優しいおじさんは、一度だけ激情を見せる。
終盤、お徳が危篤との知らせ。菊之助の父・菊五郎(桜京誉さん)はお徳を見下し、「少しばかり縁があった女」のために舞台に穴を開けるなと言い放つ。
「……菊五郎…!待て!」
誰より優しかったおじさんの、腹の底から振り絞られた怒りが爆発する。菊五郎の冷たさをなじり、「お前の人情芝居はみんな作り物や」と怒鳴りつける。

ヒロインの愛の喜びに、心を重ねてくれる。
ヒロインの不遇さに、心底「NO!」と怒ってくれる。

おじさんは、最も観客の心に近いキャラクターだったのではないだろうか。

⑧『女雛の恨み』より澤村かなさんの小雪(春陽座 10/26昼@明生座)

あまりに悲しくて、あまりに孤独。
寂しい哀しい小雪の人生。

演者の澤村かなさんについては、最近ファン心が勢い余り、『女雛の恨み』も含めて長文を書きました。

1026昼

(当日のお写真)

ある日突然、無残に殺された両親。
幼すぎる小雪が、深く誓った仇討ち。
孤児になった小雪は、あるお店に奉公人として拾われ、お嬢さん(澤村みさとさん)を妹のように育てる。
「お嬢様、少し待ってくださいな」
前半、腰入れが決まって幸福いっぱいにはしゃぐお嬢さん。微笑して後ろから見守る小雪。(この一シーンで姉妹のような、母娘のような暖かい関係性が伝わってくる…芝居の上手い美しい女優さん×お2人…光景が尊い)

そして後半のどんでん返し。
小雪はお嬢さんへの愛の前に、人生すべてをかけた復讐の刃を取り落とす。
お嬢様には負けました…お嬢様にだけは、幸せになってほしい! いいですね、お嬢様は何もしなかったんです。難儀はみんな、小雪が連れていきます…」

化粧も恋も知らず、一人きりで死んでゆく小雪が、唯一人生で愛したもの。
――貴女だけはしあわせな女になって――
女性から女性へ、ヒロインからヒロインへの願い。
「最高のヒロイン」澤村かなさんの力量あっての、女たちの物語。

⑨『雪の渡り鳥』より里美京馬花形の卯之吉(劇団美山 11/16夜@新開地劇場)

卯之吉の深い愛情と懺悔が、ひしひしと伝わってくる舞台だった。

大衆演劇定番のお芝居『雪の渡り鳥』。役者さんごとに異なる銀平、卯之吉、お市を楽しんできた。
卯之吉は弱々しい弟分の役どころだ。銀平のカッコよさを際立たせる存在として、そういうものだと観ていたけれど。この夜の新開地劇場で、里美京馬花形の卯之吉を観て、このキャラクターの魅力がそんなものではないと思い知った。

1116夜

(当日のお写真)

帆立一家に痛めつけられた卯之吉が、妻のお市ちゃん(中村笑窪さん)を優しく「来い」と手招くシーン。仕草、声音の優しさが、あぁ、いつも卯之吉は優しい夫なのだろうなぁと思わせる。
お市ちゃんを抱き寄せて、ひどい痣だらけの顔で、卯之吉は絞り出すように言う。
「ごめんな…苦労、かけるなぁ…!」
その一言に、深い深い懺悔が迸っていて。

女房を呼ぶ優しい声や、深い懺悔に、芝居で直接は描かれない、銀平が旅立ってからの卯之吉の物語が、客席に垣間見えたように思われた。

土地で責め苛まれる立場となって、何十日何百日という間,お市や親父さんを守れない自分がここにいることを、卯之吉は毎日悔いただろう。自分と一緒にならなければ、自分が想いを寄せなければ――ここにいるのが銀平だったら。
そうして積み重なった懺悔の上に、より強くなった銀平が帰ってくるのだ…

役者さんの役への真摯さは、いつもその芝居の奥深さを引き出して、客席の私に新しい景色を見せてくれる。語られなかった物語を、色鮮やかに投げかけてくる。

⑩『座頭市』より龍美麗総座長の市(スーパー兄弟 11/17夜@京橋劇場)

めっちゃ可愛い座頭市でした。(一言で感想が終わってしまうけど本当に可愛かった…)

1117夜

(当日のお写真)

従来のイメージを突き崩すような(設定も全然違う!)オリジナルの市。
町の子どもたちに、「おじちゃん、遊んでよ」と腕を引っ張られて。
「おじちゃん?せめてお兄ちゃんて呼んでほしいなあ…」
お~っとり言う、呑気な感じ。
清貧な娘・お梅(北條めぐみさん)が鏡を持ったことがないと聞けば。
「これ、お梅ちゃんにあげるよ」
母の形見だという手鏡をあげてしまう。

このままお梅ちゃんと幸せにならないかなあ…とほっこりしてしまう、可愛い座頭市。

けれど市の生きる世界は、決して明るくも優しくもない。暗がりでは悪徳役人や汚いやくざが跋扈している。市と縁あった流浪の侍(三代目南條隆座長)は、人生を虚ろな目で見つめて死を待っている。
(このあたりの世界観、スーパー兄弟さんの暗いお芝居の良さが全面に出ていて、すっごく浸りました)

終盤、市は悪党を成敗し、大金をお梅たちにもたらす。けれど市には、旅烏のヒーローらしい晴れやかな笑顔も、ヒロインとの幸せな未来の予感もない。多分お梅とは結ばれず、お金も名声も称賛も得ず、いつかどこかの旅路で一人で死ぬだろう。
暗い物語の中で、何一つ得ずに去る姿が、聖のように見えた。



本当はまだまだ素晴らしい役もお芝居にも出会った。でも全部書くと永遠に書き終わらないので、振り返ったとびきりの10役。2019年、縁あって観られたすべてのお芝居を作ってくださった人々へ。本当にありがとうございました。

元日から、各地で2020年の芝居の幕が開いている。今年も楽しいお芝居に、たくさんめぐりあえますように!