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開かれた空間と閉じられた空間

音は空気を振動させる。
水面に波紋が広がるように音は伝播する。
音源から実際には球体が広がる様に伝播する。
そして、その場の様々な音と雑音に混じり合い消えてゆく。
音響的にはS/Nの割合、サウンドとノイズの割合です。
主役によってS とNは入れ替わる。
音楽や奏でる楽器の歴史はその国の長い文化の歴史です。

音楽は原始の時代から世界中の民族に楽しまれています。        西洋音楽と日本の音楽との違いはどのようにして生まれたのか?
西洋音楽は宗教と深い係わりがありました。
音楽は主に教会で、鍵盤楽器のオルガンとかチェンバロが使われました。
それと、人間の声が聖歌とよばれる神を称える合唱が主体でした。
それは音を声を3声4声と重ねて和音の動きで奏でられました。     音響空間としての建物は楽器と音楽に多大の影響があります。
教会の建物は石の床、石や漆喰の壁、そして漆喰や石の天井です。
蝙蝠天井という独特のフォルムの天井が高く豊かな響きの大きな場所です。
しかも、空間はしっかりと閉じられた空間なのです。
明かり取りの窓もステンドグラスでフィックスでした。
教会の建物は縦長で祭壇の横に少し広くなっている事が多く、教会は上空から見ると十字架に見える、在る意味、天の神へのメッセージなのかも。

教会では残響時間も数秒と長く、人の声もエコーを伴って心地よく響きます。長い残響は自分の声に自分の声を重ねる事ができるほどです。
パイプオルガンのリードの響きも残響も大きく豊かに鳴り渡ります。
カテドラル=大聖堂とは宗教の布教の原点です。
心地よい響きの中で良い気持ちになって、神の教えを説く。
聖歌隊は自分の声の響きに更に重ね合せるほどの歌声に皆が酔いしれます。

西洋音楽は音と音を重ね合わせて和音の組み合わせの中で心地良さを追求してきました。グレゴリオ聖歌、トッカータトフーガ、カンタータ、ミサ曲。
国王の城に行っても、領主の屋敷でも石の文化の建物は変わりません。
弦楽器も管楽器も木管楽器も打楽器もそんな、閉じられた空間の中での和声を丹念に組み合わせた音楽を育てていきました。
ですから弦楽器の長い重なり合うストリングスのサウンドに管楽器も木管楽器でソロを加えて和音の動き、カノンとかカデンツア、対位法や通奏低音など様々な音楽を楽しみました。教会以外では貴族のターフェルムジークという食事や会食やパーティーなどで楽しまれました。

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では、日本の音楽を考えて見ましょう。
建物は、木と紙と土壁。
神社仏閣、廻り廊下。能楽堂の能舞台や雅楽を行う御所も空間は開かれていた。
音は自然の中の大空間に広がってしまう。
シャーマニズム、自然の音との一体感と言う日本人の心がそうさせていた。
一度出た音は戻っては来ないし、響きは無い。
そうなると、音は勢い良く大きく飛ばす必要がある。
楽器は、太鼓、鼓、笙、篳篥(ひちりき)、琵琶、尺八、三味線、横笛、鐘・・・・。
音が想像できますか?
パルス性の弾かれた音で無いと伝わらない。
この中で和音で音を出す楽器は笙だけです。あの神事の結婚式で使う。
琴も琵琶も三味線の撥も発する音は基本単音で、2音を同時に弾くぐらい。
尺八や篳篥(ひちりき)や横笛も単音です。
互いの音を和声として重ねる事はないのです。
建物材料の歴史と文化。
構築した建造物の開かれた空間の文化。
雅楽という合奏形式はありますが、残響と言う響きは存在していない。
さて能楽の舞台で『ツボを心得た』という言葉が生まれました。
これは、実は能舞台で演目中に、ここぞという所で片足でバン!と。
すると、予想外にズバん!と大きな音がする。これは舞台の床張りの下に壺が入って居るのです。そこで大きく共鳴するのです。その場所は舞台上からは判らない、演者の経験が必須、ですから『ツボを心得た』

木と紙と土壁と開かれた空間が和楽器、雅楽の文化に色濃く影響する。
その中での、よな抜き音階なのです。

開かれた空間、閉じられた空間、建築物の文化の違いは、音楽と楽器に
多大な影響がありました。

(=このレポートは以前、日本楽器の社内紙に寄稿した文章に加筆修正しました)

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東京カテドラル大聖堂は最も響きの強い空間です。

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