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「野菜は小さい方を選びなさい」を読んでみた。著:岡本よりたか





秋の夜長に読書が進む。というよりは、睡魔が圧倒的に勝利することが多くて本を手に持つは良いが、そのまま夢の中に堕ちていく夜を過ごしている2020の秋。
あっという間の季節の移り変わりに自分の体と季節感は取り残されているが、近頃になって植物は日長と寒暖差を的確に感じ取って緑色が退色してだんだんと色付き始めている。

この本は、見た目からしてインパクトが大きかったので、即決で買ってしまった。

楽天ポイントを使って、700円で買えたというのも大きかった。結論から言えば、買値以上の情報を得ることが出来たので、良い買い物をすることが出来た。

この本では、普段食べているものへの疑問や、本当に人間にとって、環境にとっていいモノとは?ということについて、土壌環境や栽培方法を挙げながら分かりやすく書いてあった。


肥料農薬はいらない。というのが筆者の結論である。 


とはいえ、現在の食卓を彩っている食物の多くは肥料農薬を当然のように使用しており、無肥料無農薬で作られている農産物では安定した食料供給が可能な生産は出来ていない事から、
慣行農法の代替手段、としての自然農法という位置づけにとどめてある、ように感じた。

筆者の提唱している疑問や事実については初めて知ることも多く、いくつかを紹介したいと思います。

・肥料と農薬をやめれば育つ~エンドファイトの存在と肥料農薬の影響
・有機だから安心というわけではない~有機資材に含まれるリスク、有機JAS農薬の是非
・単一作物栽培の是非~F1種の影響、ミツバチにとって過酷な環境
・作物は様々なバランスの上で育つ~雑草、2:6:2の法則

エンドファイトとは植物と共存している微生物のうち、病気やストレスに対する種々の生理活性物質を産生するものの総称である。たぶん。

筆者は、植物は自分で芽生え、育ち、成熟するものであって、人間が、勝手に雑草や虫を敵とみなし、それらと戦うこと(除草作業や消毒)によって自然に対して余計な影響を与えている。としている。
(私のミカン園地では草刈を年7回くらい周っていたが、今年は3回程度。それも高刈り。悪影響なし。)

植物は、本来共存している微生物のエンドファイトによって、害虫や病原菌の脅威から身を守っているが、肥料農薬によってその働きが弱まっているというのだ。

肥料農薬、とひとくくりにしてきたが、それぞれが与える影響はそれぞれ違って全く別物であるので、それぞれについて記していきたい。

肥料とはいっても化成肥料から有機肥料まで様々な肥料があり、肥効や効果が出る期間もさまざまである。詳細についての説明は割愛するが、植物の生育に作用すると細胞の”異常成長”を促す。
それは、生育初期に顕著に現れており、「細胞の数が増える」のではなく、「細胞一つ一つが大きく肥大する」らしい。
つまり、
細胞一つ一つが異常成長してなお代謝しきれなかったNが頂芽及び果実に蓄積していった場合、ストレス反応が緩慢になり、Nに引き寄せられた虫によって食害を誘導しているのである。

本の題名にもある通り、所謂自然栽培、自然にある植物の細胞の一つ一つの密度は肥料を用いて育ったものよりも小さい。また、肥料や土壌の疲弊により酸性へ傾いた土壌では

微生物の働きが弱まるが、糸状菌の活性は比較的衰えないため、糸状菌による病害が起きやすくなる。

肥料が台頭してくると、農薬も発展を続けてきた。 また、戦争による生物兵器やバイオテクノロジーの農業転用も時代背景として大きな影響を与えています。

農薬については、大きくわけて殺菌剤と殺虫剤があり、中でも有機JAS規格の農薬や劇物、普通物(人畜への被害が少ないもの)などがある。

筆者が言っているのは、そんなの関係ねえー。結局、農薬によって有用微生物も死ぬし、殺虫剤もいろいろあってBT剤とか生物由来やけん安心だよっていうのも、
それらは植物及び生物が適量、適宜作用させているだけであって、それのみを散布することで果実内などに蓄積して結局人に影響を与えている。
(BT剤においては、ヘモグロビンの損傷と伝達物質のかく乱が確認されており、免疫系の障害や生殖系への影響が懸念されている。)

また、殺虫剤においても、主に神経興奮作用や摂食、呼吸阻害、脂質やタンパク質の生成阻害があるが、それらが人間に与える影響についての報告も近年増加してきている。

農家の曝露だけでなく、農作物により母体経由での曝露の事例も報告されており、これを見過ごすわけにはいかない。

作物は様々なバランスの上で育つ。故に持続可能な視点から見ると、現行慣行農法には疑問を持つし、環境に与える影響も既に出てきている。

と筆者は事例を踏まえながら記している。

しかし、今現在の経済、物流構造においては、均一な品質、画一的な栽培という点で、F1品種や、慣行栽培の方が各段にあんばいが良い。

自然農法は先程述べたように、慣行農法のオルタナティブ、としての位置付けであり、慣行栽培よりも画一的、均一な品質を実現する技術がない。

しかし、大量生産重視によって、草や、本来そこにあるものを徹底排除した単一栽培をこのまま続けた先の大地には多様性はなく、そこにはただの砂地と化した「砂漠」が残る。

砂漠には作物が生育するには過酷で、持続的な栽培を続けていくことは出来ない。

私たちは誰かが作ったものを食べて生活している。今の食糧生産技術がなければ、この時代を築くことは出来なかっただろう。

だからこそ、慣行農法、であるとか、広義での有機栽培での是非を言いたくはない。

し、肥料もローズさんが化成肥料を始めて作って1843年から今も続くブロードボーク・小麦試験をしていたりと、いろんな人が紡いできた知の結晶だと思う。

私もいち生産者として消費者に食べて頂くものを作る責任がある。でも、知識とか細部にわたる技術はまだわからない。

けれども、この責任を果たすという点において、いち生産者として食料を作るにあたって環境に与えている影響や時代に合った形を模索していく必要がある。と思う。

そして、考えることが大切やと思った。

長文になりましたが、とても面白い本でした。
私の受け取り方による解釈も含まれていますが、筆者が提唱していた問題点や懸念は、今後もさらに考えていかなければなりません。

考える機会を与えてくれたこの本に感謝感謝(*'▽')



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