ザンとスタフカ4

ザンが広間へ来るとソファーに寝転ぶハリーの姿が見えた
外へ鍛練をしに出掛けようと大剣をもち、
今にも天井を突き破りそうな剣を背に担ぎ
広間を素通りしようとしていたが、聞き捨てならぬ浮わついた男の声が彼を硬直させた

「てかさてかさ~ザンて男好きなの?」
男好きなの?
別に自分の性別も男なのだから好きも嫌いもないのだが、ニュアンスからいって馬鹿にしているような貶しているような面白がっているようなとにかく面白くない

「俺がなんだって?」

陰口だろうがなんだろうが本人のいないところでこそこそいわれるのは気にくわない
ハリーの他に日頃師匠として慕っているシノンが椅子に腰掛け、テーブルを挟んだ向かいの席にマクシムスがティーカップに口をつけ、クロードが窓辺に寄りかかり腕を組んでいる

「別にここんとこずっとスタフカ好きだよねーてはなし」
「なんだそれは」
具体的な名前をだされぎょっとした
「最近気にかけている、というだけですよ別に他意がないのは皆わかっています。
仲間として未熟な彼を気にかけるのは当然の行為ですから」
苦笑いしながらやんわりとマクシムスが諭す

「まぁこいつも未熟だが…」
シノンがぼそりと呟き自分の前に置かれたティーカップを手にする
中はコーヒーらしく湯気が仄かにたっている

「未熟者同士仲良くしている、というわけだ
弱者が群れるのは悪いことではない。
互いに欠点を補えるのは良いことだ。俺には関係のない話だが?」
クロードが肩をすくめ
「時にザン、俺には妙な気は持つなよ」

「誰が持つか!?勘違いをするなよ!俺は騎士としてスタフカを鍛え守らなくてはと思っているだけでそこに妙な気などない!」

「あっやしーなー必死になって否定するとこが益々あやしーーーん」

ハリーがにたにたと笑みを浮かべてからかう
ザンは怒りに震え殺気立ってすらいるが、他の三人は若干白けた空気になっていた

(いい加減慣れろ馬鹿…お前はハリーに遊ばれているだけだ)
ハリーのいつものおふざけである

ザンやスタフカなどは本気にしてしまい、よく遊ばれているのだ

懲りずに何度もやる悪趣味な暇潰し

誰もいずれ潰しあう王達の間でなにか恋愛沙汰が起こるとは思っていない
絶対無い、ということも無いだろうがそれは弱点となり必ず障害となる

「とにかく!スタフカは弱くて目を離すとすぐ迷子になるだろう!王として最も未熟だし頼りがいもなくー」
ガタッと外から音がした
振り向いて見ると動物のしっぽらしいものがみえた
スタフカのしっぽだ…聞かれた全く気づかなかった
「あーあ泣かしちゃった~」

「はあ!?そんなわけないだろう!?な、泣いてなどいないあいつだって王なのだからー」

「こそこそと陰口をたたかれ怒り大人げなく乗り込んできた奴がいう台詞か?お前もハリーと同じことをしただろう」

シノンが呆れはっきりと言いザンはハッとして己の言動を振り替える

いや…ハリーは本当に不愉快な…身に覚えのないでたらめを皆に吹き込もうとしていたが…
俺のは事実ではないのか…?

「例え事実であったとしても聞いたスタフカはどうおもうでしょうねぇ」

マクシムスが穏やかに言う 

「確かに…事実とはいえ俺が悪かった…謝ってくる…」

肩を落としとぼとぼと広間を後にしたザンを見送り暫し男達は沈黙していた

やがてクロードがぼつりと

「あれは…本気なのではないか?」

スタフカに聞かれたと悟った時のザンの青ざめた表情を思いだし皆互いに気まずく沈黙した


「なんだなんだ皆で僕のこと弱いだの未熟だの…!!」

スタフカはドタドタとブーツで床を踏みつけながら歩く怒りで頭に血が登り胸がむかむかした

ここのところ、ザンと鍛練をして少しずつ戦闘慣れしてきたつもりだった
皆がいうようにいつまでも弱いわけではないなのにー

「まさか一番鍛練に付き合ってくれてるザンにそうおもわれていたなんて…」

最初はいけすかない男だと思っていた暴走するし自分勝手だし筋肉馬鹿だしデリカシーがない

だがそれでいて嘘を言わず真っ直ぐな信念のある暑苦しいが頼りになる男とも思っていた

なのにー「…弱いんだな僕は」

やがて足を止め廊下の隅に座り込んでしまった立ち上がる気力もない
隣のドアがかちゃりと開き中からヘレナが出てきた

「あれー?スタフカなにしてんのそんなとこで」
このどこからどうみても可憐な美少女であるヘレナは実は男であり王である

敵を誘惑する魔法を得意とする魔性の少年は沈み混んでいるスタフカの気持ちを知ってか知らずかぱん!と手を叩き

「丁度よかった!!ちょっとこっちきてよ!」
スタフカの腕をひっぱり無理やり立たせると自分の部屋に連れ込んだ

「わわ!なにする!?」

「いいからいいから、ちょっとだけちょっとだけ」

ばたんとドアが締まりスタフカの悲鳴が聞こえた

しばらくして
「はーいできたよ☆かーわいーでしょー?僕ほどじゃないけどね!」
「な、なんだこれはー!?」

全長が映る巨大な鏡を前に己の姿を見たスタフカは絶叫する

淡い水色のワンピース袖が膨らみ丸みを帯びているそこから伸びるしなやかな腕は少女のように細くすべらかでありー
多少申し訳程度についた男の片鱗である筋肉は白い袖に隠されて見えない

頭の上にある獣めいた耳は水色のボンネットに包み込まれて隠されている

顔にはメイクを施され、いつもより目元が優しくなりふわりとした印象の可愛らしい美少女になっていた

「ふざけるな!僕は男だぞ!?」
「されるがままだったくせにしらじらしーーー」
「な、なんだよ!?」
「まあまあ気晴らしにはなるでしょ?でなんかあったの?」

やっとスタフカの事情を聞く気になったヘレナに渋々先程のことを話す
ヘレナは眉をしかめ
「ま、弱いしねスタフカ」

「僕は弱くない!」

「成長してるとはいえそりゃザンからみればお子様でしょーザンもお子様だけどさぁ、スタフカはただでさえ幼いしー」

ここでもダメ出しされるのか…
こんな女装までさせられて
しゅんとしているとさすがに哀れに思ったのか…いや、残酷な色が瞳に浮かびにたりと悪い笑みを浮かべたヘレナは

「仕返ししたい?ザンに」

「し、したい…できたら…でも僕じゃザンには勝てないし…」

「ふふん、頭を使いなよ世の中力だけじゃ王は勤まりませんよーだ」

「そ、そうか?方法があるのか?」

ぱっとスタフカが顔を輝かせにたぁと笑うヘレナをみた

「あるよそのかっこでザンに会いに行きな」
「は?」

「で、誘惑してごらんよそんで乗っかってきたらまんまと君の掌でザンは弄ばれたことになるんだから…凄い屈辱だよねぇ」

「ふざけるな!だれがそんな!」

「あれれ~?いいのかな~?
折角可愛い僕がまぁ多少?可愛い君を可愛く女の子に変身させてあげちゃったのに
この機会を逃して…悔しくないの?
言いたい放題言われてやりかえしたいでしょ?ならいいじゃん最後にネタばらしして笑ってやりなよ~ね?ね?ね?」

邪悪な笑みを浮かべ新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに詰め寄るヘレナに若干気圧されつつもスタフカは

(確かにヘレナのいうこともわかる…
女の子だと思ってた子が実は僕だったなんて凄い悔しいだろうしちょっと恥ずかしいけど…それくらいの屈辱は与えたい…)

「…僕で騙せるかな」

馬鹿なんだよな、この男の子…

ヘレナはにっこりと笑い頷く手にはグロスが捻り出されていた
「じゃ、もっと可愛くなろうね~」


街へおりたザンは人混みをかき分けスタフカを探す

今日は何か催しでもあるのか、人が多い

ただでさえ迷子の天才であるスタフカを探すのは一苦労であるというのに、
スタフカなら森へ行ったよ~とヘレナが教えてくれたあとに、
いや、スタフカのことだから
催しっていって街…?どこかな?とクスクス笑いだしザンは混乱しながらとりあえず街へ出た

人も多いし、スタフカを見たものがいるかもしれない

しかしスタフカらしき少年をみた、という人は一向に現れない

外したと思い森へ行こうかという考えが頭をよぎったが

「いいじゃんお茶しようよ今から時間あるならさぁ」
「い、いやあの…」

「照れちゃってかわいいねーほら楽しいことしようよー今日は祭りだしさー」

ハリーと見紛うほどに軟派な男が少女を壁の隅においやり手を顔の横について逃げ場をなくし詰め寄っている姿が見えた

ボンネットをした少女の横顔は隠れており見えないが明らかに困っている

放ってはおけず寄ると

「おい」
「あ?なん…ゲッ王様…?」
「困っているだろ?やめてやれ」

男はザンに手を掴まれると慌ててのけぞり適当にいいわけをしながら逃げ去っていった

「災難だったなこれからは気をつけ…」
「…あの」

聞き逃してしまいそうなほど小さな声で遠慮がちに少女が声をかけてきた

「たすけてくれて…いっしょに…その…」
「なんだ?」
「助けてくれてありがとう…ございます王様。お、お礼にその…なにかさせてください…」

この流れは飯を奢ってくれるとか祭りを案内してくれるとかそういう類いのものだが、今はスタフカを探さねばならない

「気持ちはありがたいが、俺は人を探していてなすまないが」
「人…ですか」
「あぁそうだスタフカという王の一人で…」
「わっわたし知ってますその人どこにいるか」
「なに!?本当か!?」
ザンは思わず少女の肩を掴み
「スタフカは今どこにいる!?教えてくれ!俺は謝らねば…」
「ひっあ、あのいた…」
強く肩を掴んでしまい少女が身をよじる
「す、すまないなつい…」

慌てて手を離すと少女は気まずそうにそっぽを向いたほんのりと頬が桜色に色づいている

うつむき気味であった顔がまともに見えた

切れ長の目に縁取られた睫毛は長く幼さの残る顔立ちだが美しく凛とした美少女で

目元に涙が浮かんでおりザンはぎょっとした

「な、そんなに痛かったのか!?」
「い、いやいえ…そうでなくて」

カアッと少女の頬が赤く林檎めいて染まる
「憧れの王様に会えて…嬉しくてつい…」

見ているこちらが恥ずかしくなる照れた表情にザンも心臓が高鳴り赤面した

(な、なんだこの娘は…いやこんなことをしている場合じゃないだろ!しっかりしろ俺!)

「それは嬉しいなあ、ありがとう…ところでスタフカは」
「あ、案内しますついてきてください…」
少女はザンの手をとるとぎこちなく腕を絡ませた
(????????????)

突然の行為に抵抗もせずぽかんと口を明けこちらですと非力な少女に引きずられるようについていく

(なんだ…?俺は何をしている…?)
人々の視線が集まっているような気がする

無理もない女好きで始終ナンパを繰り返すハリーならともかく、王の中でも女っ気のない硬派なイメージのあるザンが美少女と腕を組み祭りに来ているのだから注目は集まる

「そういえばこれは何の催しだ?」

「星夜祭だそうですこの祭りは夜からが醍醐味で…星を大切な人と一緒に見上げたら…ずっといっしょにいられるって」

(??????)

この娘はなにをいっていや聞いたのは自分だがなんだか妙に近い癖にぎこちなく慣れていない様子で…
ませがきというやつか?口説いているのか?だとしたら

「本当にスタフカのことは知っているんだろうな?」

「し、知っています!勿論…」
ごにょごにょと口ごもる少女に若干疑惑が浮上する

「疑っている訳じゃないがスタフカはどこに…」
「あ、ザ~~ンじゃん!!」

後ろから聞き覚えのある馴れ馴れしい軽い男の声がする振り向くまでもなくハリーだ

うんざりと振り向くと隣にラキもいた

「めずらし~ザンが女の子連れてんじゃん!?ナンパしたの!?ハリーみたい!」

まくしたてて喋るラキにザンはやや体を後退させる

「ち、違う!スタフカを探して…」
「なになになに~スタフカ探すって息巻いてたくせに夜に女の子とやらしーことする祭りで女の子捕まえちゃうとかザンも隅におけないね~」

ハリーもにやにやと下品な笑みを浮かべにっこりと少女にウインクした

「そんながさつ筋肉達磨より、絶対俺のが楽しいよ!一緒にどう!?」

「お前にはラキがいるだろ!!」

「は?やめてくれる?たまたま一緒になっただけでありえないし~うちは楽しいことしたいだけだから!」

「ひどくない!?ありえないとか!」

ぎゃあぎゃあと騒がしくなるとザンの腕を掴む少女の手にぎゅっとちからがこもった

怯えているのかうつむいて震えている

「…用がないならもういくぞ」
「あららおじゃましてごめーんねーほらいくよハリー!奢ってくれるっていったじゃん!」

「あーはいはいしょーがないなー!うまくやれよザーン!」

騒がしい二人を背に逃げるようにその場を後にした自然に早足になっていたが少女が疲れてきたようで少しゆっくり歩く

「ぼく………スタフカ様と喧嘩なされたのですか」

「喧嘩ではなくて俺が一方的にあいつを傷付けてしまったんだ。
あいつが誰よりも頑張っていることはわかっているのに…酷いことをいってしまった
その事を謝りたい
お前は確かに弱いが…必ず強くなると」

少女の腕に力がこもる
やがて少女はすっとザンから離れた二人の間に距離ができる
「すまんなこんな話お前にするべきではなかった…」

「…こっちです」
少女はザンの袖口を掴む
「街を出た先に花が沢山咲いている丘があるんです…そこにいます」

空はもう暗く夜になっていた
星が出るにはまだはやく転々と僅かに小さな光をはなつ星が散らばっていた

白い花が咲く丘を登るが二人以外に人の気配はない騙されたかといぶかしんでいると

「…あの!」

突然少女が大きな声をあげた
ザンはぎょっとし少女の次の言葉をまつが
「…あ、う」

少女は赤面し目を大きく見開きーやがて意を決したようにボンネットをばっととる


隠されていた頭からぴよんと耳がはえた

「ス…」
スタフカだ
絶句してしまいザンは硬直する一方スタフカは得意気…にしては恥ずかしさを誤魔化すように

「フ、フン!やいまんまと騙されたなザン!ドドドドドドキドキしたか!?」

「はぁ!?なにをいってるんだお前は!?」

「ヘレナに言われたんだ弱いって言われて悔しいならやりかえしてやろうって!男の僕にドキドキさせられて悔しいだろ!?」

「ふざけるななんだその思想は!?」

「や…やーいザンのへんたーいすけべー」

ヘレナの受け売りらしい悪口を口を尖らせて言うスタフカ
ほんのりと口紅が塗られた唇を見てザンはかっと赤くなり
「女装しているお前の方が変態だろうが!!!!」

「僕は変態じゃない!!!ザンが変態なんだよ!」

「こ、この言わせておけば…!拭け!そんな化粧などしおって!」

袖をスタフカの顔におしつけグリグリと無茶苦茶に吹きまくるとスタフカが嫌がりのけぞる

「いたいいたいやめろ!この変態!う、うわぁ!」

勢い余って二人は同時に倒れた

ザンがのしかかる体勢でスタフカを押し倒した
咲いていた花がちり花びらが舞う

「…あ」
顔が目の前にある目と鼻の先に
一瞬時が止まりやがてザンが堪えきれず笑い始めた
「はははははは!!!お前!!凄い顔になってるぞ!!」
「は!?」

ザンが無理矢理とった化粧は顔中に入り乱れぐちゃぐちゃになっていた

「わ、笑うなー!この筋肉馬鹿!!」

バシバシとザンの胸ぐらを叩きまくる

ザンはスタフカからどくとごろんと隣に仰向けになった

星が輝いているすっかり夜になっていた

ふと星夜祭のことをおもいだし

「大切な人と過ごすんだっけか?」

「ちがうちがうたまたまなんだ…ていうかヘレナに遊ばれたかも…」

「かもじゃなくて遊ばれただろ」

「ばれないかずっとひやひやしてたしラキとハリーが来たときは心臓が止まるかと思った
ずっと緊張してたんだからな」

「そっちの意味の緊張か…」

「他に何があるんだよ」

「別にただ…悪くは無かったぞ似合ってたじゃないか」

「似合うとか言うな!二度としないからな!」

あぐらをかいておきあがりザンはスタフカに手をさしのべた

「帰るぞ気はすんだだろ?」

「ふん…まぁ、僕にどぎまぎしてるザンは面白かったから許してやるよ」

「どぎまぎなどしてないがな」

手を掴み引き起こすと二人は宿へ向かって帰っていった


ドアの前でシノンと鉢合わせしザンは硬直した
シノンは無言になりすっと無言で道を開けるとそそくさと外へ出ていった
「師匠!なんかいってくれ!師匠ー!」

「いやぁ~ザンてば女の子を連れ回しててさぁスタフカすきなんかなぁ~て思ってたけどちがいそだねー」
ハリーとラキがいいふらし、なんだかんだで誤解はとけた 

おわり













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?