夜の独り言

ただいま22時です。
夜になると色々考えちゃうのでどうせなら吐き出してしまおうと書いてます。多分そんな暗くないです。

私は3月末にどうしてもやりたい事があります。
部活の単独コンサートでステージに立ちたいのです。
現実的にはほぼ不可能です。移植して割とすぐだし、人も大勢いる。だけど1曲でもいい、たった1小節でもいいから病気によって無念に打ち切られた雪辱を晴らしたい。これが今の私の1番の原動力です。

病気がわかった時はなんで今なの?と思いました。
部活がすごく楽しくて県大会が楽しみだったし、志望校のA判定を貰って勉強のモチベーションも最骨頂。
このまま県大会に出て後輩に見送られ引退し、受験勉強を本格的にはじめて来年には大学生の予定だった。
それが一瞬にして消えてしまってものすごく落ち込みました。今までが順調すぎたツケが回ってきたかなと思いました。学校が始まってからも県大会に出発する部員や受験に向かって進んでいる友達が羨ましかったし、それをただ見つめているのが悔しかった。受験を舐めているとしか思えない発言をし、教室で騒いでいる男子がすごく憎かった。でも今思うとあの時はまだ病気を受け入れられていなかった、向き合えていなかったのだと思う。今でも悔しさや羨ましさは感じるけど、それでも生きてる限りはまだ大丈夫だと思えるようになった。1年という差を感じるのは高校生までで大学や社会にでたら関係ない、なんて担任の言葉は言われた時は信じられなかったけど今なら少し信じられる。

不安もいっぱいだ。移植までになにか重大なことが起きてしまったらどうしよう、移植に関する副作用が強く出たら、ドナー細胞が生着しない20%のうちの一人になったらどうしよう、移植して退院した後にちゃんと社会復帰できるのか。医療は確率が多くて数字だいすき理系人間としてはものすごく確率に一喜一憂してしまう。もともとよく言ったら繊細、悪く言ったら気にしすぎな心の弱い人間だから不安で不安で仕方がない。だけど最近はなるようになる精神になってきた。ならなかったら喜べばいいし、なったらなったでとことん落ち込んでそこから這い上がるのみ。くよくよするだけ無駄、精神に悪影響だという考えになってきた。いい意味で諦めがついた。

それでもやっぱり前処置や移植の副作用は怖い。(結局かい)脱毛に関しては意外となんも思ってない。まだ具体的にイメージ出来てないからだと思うけど。どんなに苦しくてもひとりぼっちなのが辛い。まさに「咳をしても一人」状態。怖いよー。

病気になって親にはすごく申し訳ないと思っている。
往復3時間以上かけて病院に送り迎えしてくれたり、小児慢性の申請をするために役所や保健所に何度も行ってくれたり、たくさんお金を払ってくれたり。本当に感謝してもしきれない。受験のためにお金たくさん払って期待してくれたのにこんなことになって申し訳ない。夜中や朝方には泣いてるのも知ってるよ。親不孝な娘でごめんね。早く治して、早く恩返しするね。

大袈裟かもしれないけど生死というものを今までで1番実感している。医療は進んでいてこの病気で死ぬことはあまりないだろう。それでも死ぬかもしれないと思った。思っている。死は必ず訪れるものだけどまだまだと油断していたら足下すくわれた。もしかしたら明日事故で死ぬかもしれないし、世界最高齢まで生きるかもしれない。誰にもリミットは分からないからとりあえず精一杯頑張ろうと思う。

献血してくれる人には感謝しかない。輸血がなかったら今頃どうしてたかと思うとちょっとゾッとする。ありがたいです。

妹にも感謝してる。とても感謝してる。
こんなお姉ちゃんのためにドナーになることを決意してくれてありがとう。痛い思いをさせることになってごめんね。ちょっと配慮のない教師から「君はお姉ちゃんを救うために生まれてきたんだ。」なんて失礼な事を言われて落ち込まさせてしまって、「私はそれしか価値がないのかな」って泣かせてしまって本当にごめんね。あなたはたくさん価値のある素敵な未来のある人間なんだから、人の命を救うんだから胸を張って生きて。下の妹も含めて2人には辛い思いをさせていると思う。兄弟児って言葉もあるくらいだしね。現に下の妹ちゃんは軽い赤ちゃん返りみたいなのが出てきた。大好きなお母さんをとってごめんね。私じゃ想像できない辛さもあると思う。ごめんね、いつもありがとう。

先生方にも感謝してる。もし私が今年卒業したいと思った時に卒業単位を獲得できるよう多方面にお願いしていただいた。私が学校に来て笑ってるだけで感動するような大袈裟で感受性豊かな先生だけど本当に尊敬します。

とりあえずあと60年は生きる予定なので
負けずに頑張ろうかな。

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