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場所が溶けていく

半袖だと肌寒く感じるようになってきた秋口のこと。無性に大学のキャンパスにいることに耐えられなくなって、行き先もよく見ずに普段使わない電車に乗り込んだことがある。キャンパスに行くのが当たり前だった大学1年のことだ。気が付けば、少し寂れた港町に辿り着いた。日も暮れる中、行く当てもなく町を彷徨っていると、港の近くにポツンと1軒だけ明かりのついた居酒屋があった。横目で様子を伺いながら入口を通り過ぎ、しばらく迷ってから引き返して、横開きの扉を開けた。見るからに地元の常連客しかいない。カウンターに案内され、伏し目がちにメニューを見ていると、隣に座っているスーツを着崩したおじさんが日本酒片手に話しかけてきた。何を話したかはもうよく覚えていない。途中で居酒屋の大将も会話に参加してきて、なぜか高校の先生だと間違えられたまま話が進んでいったことだけは覚えている。頼んだ海鮮丼を食べ終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。

こういう場所が私は苦手だ。知らない人と上手く会話を続けることができない。ニコニコしているのが精一杯で、楽しくないわけではないけれども、居心地の悪さが心を占拠してしまう。同時に、こういう場所に憧れている。特段の深い目的もなく、顔馴染みの人たちが集まってきて、たまに知らない人も入ってきて、出口があるわけでもない話をしているような場所に憧れている。

だから、目一杯の無理をして、知らない町の知らない人に話しかける大学生活を選んだ。そして、自分の関わる地域にも自分たちでそういう場所を生み出したいと思うようになっていった。大学1年の冬のことである。


それから3年と少しが経過した。

まだ知らない人と話すことは少し苦手だけど、以前よりは人の顔を見られるようになったと思う。あとは、思い入れのある場所ができた。大学2年からキャンパスに通えなくなって、家にいるのも嫌になって、福島の山奥に逃げ込んで、たくさんの思い出ができた。自分たちの手で自分たち自身が楽しめる場所を作っていたように思う。

でも、その場所は長くは続かない。

ここは自分にとって逃げ込んできた山奥で、ここにやってくる人たちにとっては遊びに来た場所だ。みんな、元いた場所に戻っていく。移動の自粛が求められる中で、気軽に訪れることも今よりずっと難しい。賑わいを取り戻すのは、復興と名のついた企画が行われるときだけ。そのことが無意味だとは決して思わない。けれども、それは悲しいことだと思った。

だから、場所が空間を超えていくことを願った。

願いは叶っただろうか。思い入れのある場所は拡散していった。それはさらに山奥に、あるいはインターネットの奥地に。同じ空間を共有していた私たちは、情報技術と言葉で形作られたイメージを共有するようになった。それがよいことだったのか、まだ私は分からない。

そうして、場所は溶けていく。

空間から溶け出していく。インターネットの中に溶け込んでいく。それぞれの人間関係の中にも溶け込んでいく。そして、それらはカタチを変えて、原形を留めなくなっていく。気が付けば、空間から面影も消えていく。

偶然に昨日も一昨日も、あの場所で過ごした友人たちと東京で会う予定があった。また、空間を超えようと藻掻く中で得た技能は仕事になった。そうして、溶けていった場所は私の生活を豊かにしてくれている。しかし、その中に少しばかりの虚しさがある。

これがコロナ禍ゆえのことなのかはわからない。元来の性格ゆえなのかもしれない。何もわからないけれども、私にとってのコロナ時代と大学時代だ。


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この文章は、「#いまコロナ禍の大学生は語る」企画に参加しています。
この企画は、2020年4月から2023年3月の間に大学生生活を経験した人びとが、「私にとっての『コロナ時代』と『大学生時代』」というテーマで自由に文章を書くものです。
企画詳細はこちら:https://note.com/gate_blue/n/n5133f739e708
あるいは、https://docs.google.com/document/d/1KVj7pA6xdy3dbi0XrLqfuxvezWXPg72DGNrzBqwZmWI/edit
ぜひ、皆さまもnoteをお寄せください。

また、これらの文章をもとにしたオンラインイベントも5月21日(日)に開催予定です。
イベント詳細はtwitterアカウント( @st_of_covid をご確認ください )
ご都合のつく方は、ぜひご参加ください。
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主催者情報

「#いまコロナ禍の大学生は語る」プロジェクト
お問い合わせは、メールアドレスまでお願いします。

アドレス st.of.covid@gmail.com

Twitter : @st_of_covid

代表
東京大学教養学部4年 青木門斗

メンバー
高知大学大学院総合人間自然科学研究科修士課程1年 赤神青空
東京大学教養学部3年 髙田虎太朗
東京大学教養学部4年 豊嶋駿介
京都大学総合人間学部4年 永井綾
国際基督教大学教養学部3年 羽賀尚生

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