球体関節人形入門 用語編1.キャストドールって?

 球体関節人形を扱うギャラリーを経営している。扱っているのは、創作人形と呼ばれる、作家による1点物の人形だ。
 ネットにアップされている人形の情報は適当なものが多い。大学や美術館をはじめとした公立の研究機関での研究・収集対象となっていないのも原因であろう。人形は「趣味」のものだと考えられている。
 今日、発売されたばかりの漫画を読んでいたら「球体関節人形」という言葉のルビに「キャストドール」とあった。少し前にアニメ化された漫画「着せ恋」こと『その着せ替え人形は恋をする』も「着せ替え人形」に「ビスクドール」というルビが振られている。
 どちらの漫画も面白い。面白いが正確に言葉が用いられていない。
 人形なんて趣味なんだから適当でいいじゃん、というわけにもいかない。

キャストドールって?

 キャストドールとは何か? 鋳型を作って成型することをキャストという。液体を「投げ込む」イメージだ。金属製のミニカーをダイキャストモデルと呼ぶが、あれは金型に亜鉛などの金属を溶かしたものを流し入れて成型している。奈良の大仏は銅を用いたキャスト大仏ということになる。
 キャスト(ドール)というのは製造法・工程にフォーカスした呼び名で、おそらくカスタムドールやアクションフィギュアが増えてきた2000年代初頭、便宜上(あるいは差別化のために)用いられるようになったのだろう。  
 人形の場合、鋳型と液体状の素材とを用いて作られた人形はすべてキャストドールということになる。ウレタン樹脂を素材とするスーパードルフィーも、磁土(泥漿)が素材のビスクドールも「キャスト(製法による)ドール」だ。
 いっぽう、プラモデルのように、柔らかくしたプラスチックやソフトビニルなどの板を金型に押し付けて成型するものはインジェクション(射出成型)と呼ぶ。オビツ製作所のオビツボディはこの方法で製作されているのでキャストドールとは呼ばない。

素材による呼び方

 販売の現場では、素材によって人形の呼び方を分類する場合もある。球体関節人形に絞ると、作家が制作する人形に使われる主な素材は石塑粘土、磁土(ビスクドール)、樹脂粘土、木、張り子などだろう。海外では金型を使った樹脂製の「キャストドール」を自作する作家も珍しくない。それぞれ正確を期して「石塑粘土の人形」「磁器の人形、ビスクドールとよばれるものです」「樹脂粘土の人形」「木製の人形」「張り子、紙の人形」「樹脂製の人形、金型を使ったキャストドール」という言い方をすることになる。お客様の理解度に応じて適宜説明は増えたり省略したりする。

ビスクドールも便宜上の呼称

 人形愛好家やメーカー、販売者は便宜上、ウレタン樹脂等で作られた人形をキャストドールと呼んでいるので、ビスクドールもキャストドールの一種ですよ、と言われると意外に思うかもしれない。われわれもビスクドールをキャストドールとは言うことは基本的にない。
 ビスクドール製造の本場であったフランスではpoupée en biscuit、ドイツではBiskuitpuppe。2度焼きの人形、ということになる。これも製造方法・工程にフォーカスした呼び名ということになる。「石塑粘土でできた人形」のように素材で呼ぶなら「磁器人形」や「ポーセリンドール」と呼べばいいのだが、これはこれでマイセンやリヤドロの磁器の置物と混同されてしまってややこしい。だからビスクドールと言うのも便宜上の呼び名である。
 ビスクドール(bisque doll)は鋳型(たいやき型のような雌型のことです)を用いて製作される。初期は鋳型に粘土くらいの硬さの磁土を押し付けていた。この手法で製作されたものをプレスド=pressedビスクという。需要の増加に伴い、液体磁土(泥漿、ポーセリンスリップ)を流し込んで成型する手法が主流になる。こちらはポワード=pouredビスクという。今でもこれが普及した手法だ。アンティークドールではプレスドビスクで製作されたものもあるが貴重といえる。これはキャストではない。
 ビスクドールの成立や普及については話が長くなる。そのうち書く。

磁土について

 ビスクは2度焼きということで、ビスケットと同じ語源。素材として用いられる磁土にはカオリンや石英、長石などが含まれる。石英の単結晶は水晶。これらが混ざった磁土を高温で焼くと、各成分が溶けて独特の透明感を生む。
 余談だが、陶器は低温で焼かれており、カオリンなどは含まれていない。身近なものでは湯飲みなど、割れた時の断面がざらざらした砂地になっているものが陶器。コーヒーカップなどが磁器で、これらは割れると刃物のような鋭さがある。光を当てると透ける。

焼成

 磁土を窯で焼くことを焼成(しょうせい)と言う。鋳型から抜いた複製は、お菓子のラムネ程度の柔らかさなので、一低温での度素焼きを行う。素焼きの後に磨く。この後が高温での本焼き。専用の絵の具でペイントし、再度焼成して色を定着させる。重ね塗りができない絵の具なので、焼成は2度にとどまらない。現代の作家は何度もペイントをしては焼く。かつては何度も焼くと色がくすむ、と言われていたが近年は技術の向上もあり、10回以上焼く作家も珍しくない。ともあれ専用の窯で本焼きは1200度、絵付けに700~800度という高温で焼くのだから、時間がかかる。焼いている途中で割れてしまうこともある。また、焼くと型から抜いた状態より2割くらい縮む。ここで球体関節の球と受けがぴったり合わない、ということも生じるので手間がかかる。

原型製作

 さて、雌型を作るには、原型となる人形を作る必要がある。これは多くの場合、石塑粘土(石粉粘土)という素材で作られる。多くの作家は、発泡スチロールやスタイロフォームなどの柔らかい素材で大まかな人体像を作り、それに石塑粘土を貼り付けて成型している。球体関節人形の場合は関節部で切断し、球と受け(ソケット)を成型する。このとき中身のスチロールなどは掻き出すので人形の中身は空洞である。両手首にフックをつけ、それをゴム紐で繋ぐ。頭頂部と足首も同様。石塑粘土の人形の場合、これに塗装をすれば完成ということになる。
 ビスクドールを作りたければ、これをもとに雌型を作ることになるが、専用の焼き窯なども必要になるので細かい工程の説明は省く。このnoteは制作手法の説明ではなく、用語の説明を目的にしている。作りたい、と言う人は人形教室に通うことをお奨めする。

 ともあれ便宜上の呼称が一般化する歴史が積み重なり、インターネットで、というよりはSNSで情報を得る時代になり、用語がフラットに使われるようになったことで用法が正確さを欠いていく。 
 念のために書いておくが、ビスクドールをキャストドールと呼ぶべきだとはわたしも考えていない。ただしウレタン樹脂のキャスト製法によるドールは「ウレタン樹脂製のキャストドール」と呼んだほうがベターだと思う。ウレタン樹脂のリスクを想定するべきだと考えるからだ。素材と人形というテーマも重要なのでそのうち書く。
 次回は人形という言葉について解説する。


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