市松人形(1)

 球体関節人形を含めた「現代の創作人形」のルーツのひとつに、市松人形がある。べべタイプと呼ばれる、頭の大きい西洋人形の幼児体型は市松に由来するとも言われている。一定の人気があるわりに書籍が少なく、ネットにも情報が少ない。信頼のおける、おすすめの書籍を覚書程度に記していこうと思う。
 最初にいくつか認識を共有したい。くだくだしいようだが、人によって意外に使い方が異なる用語である。

・市松人形
 市松人形という名前は、初代佐野川市松(1722-1762)という京都出身の歌舞伎役者に由来するという説が有力である。その名に由来するとされる市松柄に市松人形……その美貌はいかばかりか。同世代の有名人だと与謝蕪村(1716-1784)あたりがいる。

・市松人形と抱き人形
 一般に、明治・大正時代の手首や足首に可動部分を備えた大型の人形を抱き人形と呼ぶ。男児の姿をしていることが多い。骨董商や蒐集家による便宜上の分類だと考えていい。

・職人
 市松人形を制作する者たちは、今も昔も「職人」として人形作りに取り組んでいる者が大半である。「作家」とどう違うのか? 技法を守り、伝えるのが職人で、作家にはなんらかの革新性が求められるという理解だと通りがいいだろう。また、人形に限らず、小説や絵画でも「作家」のファンは作品を通じて作家に抒情的な共感を求める。作家と職人という両面をもつ平田郷陽や川上南甫な者もいるが、それはまた別に項目をたてて紹介するべきだろう。

文献1.

守貞謾稿
 信頼のおける、というよりは江戸時代の記述としてはほぼ唯一の拠り所だと考えられる。守貞謾稿(もりさだまんこう)。著者の喜田川守貞は1810年、大阪に生まれて1837年江戸に下ったとされる。上方と江戸の文物の違いを面白がり、多くをイラスト付きでかき残した。江戸に渡った1837年から約30年かき綴った成果がこの書物である。
 興味があるかたはwikipediaを確認してほしい。

 この第26巻に市松人形についての解説がある。国会図書館デジタルコレクションで現物が見られる。ひな祭りについての紹介なども。

 いいものは木彫に胡粉、三つ折れの構造。安価なものは張子に胡粉。安価なものははだかの状態で、夜店などでも売られていたようで、身近な存在だったと思しい。
 現代語版が喜田川守貞『近世風俗志』として岩波文庫にはいっている。人形は4巻に。

 

文献2.

青山恵一『市松人形―昔人形コレクション』 (京都書院アーツコレクション)
 京都の人形専門骨董商「昔人形青山」の青山恵一による、ビジュアルメインの文庫サイズの書籍。写真とコラムが掲載されている。たくさんの抱き人形や市松人形の写真が見られる。同著者・同出版社の『昔人形物語』は写真集。解説やコラムはないので、『市松人形ー昔人形コレクション』を薦めておく。関西の古書市では時々見かけるが、ネット書店等では古書価がついている。定価程度(1000円+税)で買えるとラッキーだと思う。


文献3.

「緑青 vol.5 市松人形」(マリア書房)
 美術品を主に扱っていたマリア書房のムック。骨董の市松人形の写真と解説をメインに、現代の市松人形職人も紹介されている。
 こちらも古書価がついている。自分も定価(2800円+税)以下で見つかれば買うことにしている。

 なお、版元のマリア書房は大正時代から続く京都の美術系出版の名門。現在はマリアパブリケーションズとして、創作人形に関する出版物のプロデュースや、展示のキュレーションに意欲的である。マリア書房時代の以下の3冊も市松人形に関する貴重な書籍である。どれもamazonでは古書価がついているようだが、フリマサイトなどで定価程度(3000円前後)で出品されていれば購入をおすすめする。


文献4.

Alan Scott Pate「Art As Ambassador: The Japanese Friendship Dolls of 1927」
Alan Scott Pate「Ichimatsu: Japanese Play Dolls」
 これらは英語の文献で、前者は答礼人形、後者は市松について書かれている。購入は以下のサイトから、著者に直接申し込むことになる。

  2023年3月のレートで2冊+送料で3万円くらいだろうか。高価なようだが、美しい装丁に豊富なカラー写真の立派な書籍で、送料を含めても価格以上の価値がある。
 著者のAlan Scott Pateはアメリカ在住。日本の人形の研究とコレクションに意欲的で、現在この書籍以上に系統だって市松人形をまとめた書籍はない。
 Alan氏によると和訳も進めているとのことだが、実現するだろうか。
 kindleで購入可能なこちらを眺めて、楽しめたなら全2冊も購入するといいだろう。


文献5.

「人形界二百年:人形師の系譜(上・下)」小檜山俊
 これはレア。日本人形協会の情報誌「にんぎょう日本」で1977年から32年、366回続いた連載をまとめたもので、市販されたものではないからだ。著者の小檜山俊は読売新聞の元記者で、日本酒に関する著書も多い。
 雛人形や御所人形等も含めた日本人形の職人へのインタビューがメインで、職人の系図なども参考になる。
 2代目平田郷陽の親類縁者へのインタビューや、職人として短命に終わった3代目光龍斎への取材など、内容は興味深い。ヤフオクやメルカリでも滅多に見ない。わたしが最初に買ったときは上下で2万円前後だったと思う。

 紹介は以上である。以上のリストに追記できる機会があることを祈りつつ。

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