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宇野薫の勝利と彼が愛した人たち。

11月24日21時半過ぎの後楽園ホール。

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会場の空気がガラリと変わる。会場の空気を変えるのが1流選手であり、メインイベンターであるとはよく言われる言葉ではあるのだけれども、宇野薫のそれはまた特別で、試合順に関係なく彼の空気を創り上げる。それは彼が築き上げてきた歴史と彼の真摯な取り組みが無理矢理にでも空気を変える。特別というよりも異常と表現したほうがいいのかもしれない。もちろんいい意味でだ。

会場を彼の空気に変えてしまうのだし、彼は勝っても負けても話題になるから、それを羨ましく思うファイターや関係者はいるとは思うけれど、彼はそれ以上の取り組みとリスクを負ってやっているわけだし、オレが知っている中では上位数人の自己否定と自己研鑽を繰り返している人だ。誰もができることではないし、彼もまた選ばれた人なのだと思う。

宇野薫は緊張するタイプだ。試合前の控室でも、試合からまだ時間があるのにも関わらず動こうとする。緊張と恐怖でいっぱいだったはずだ。そんな緊張の中でも後楽園ホールの狭い控室で、自分より20歳も下の選手にも気を遣うあたりは彼の人柄が出ていると思う。なかなかできることではないし、僕は格上選手と一緒の時は気を遣って控室を使えないときが多々ある。彼の姿勢には頭が下がる。

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試合が近付くにつれて緊張感が増して、それに伴い集中力が増してくる。
キャリアのあるベテラン選手なので、何かこちらがするわけでもなく、彼に任せつつ試合の技術的な調整だけはこまめに確認する作業。これを試合のゴングが鳴るまで続ける。これもまた毎回の作業だ。互いに練習もするし、意思疎通が取れているからこそ、共通言語を肌感覚で感じることができるほどに言葉の精度が高い。言葉は伝える手段なので、同じ言葉を同じように感じることができることが大切になってくる。これに関しては100%に近いレベルでできていたはずだ。

試合が始まる。ゲームプラン通りの1R前半。宇野薫は好戦的なファイターだ。フィニッシュを狙いに行くし、動こうとする。フィニッシュに向かう姿勢は大切なのだけれども、裏目にでることもあって相手に逃げる隙を与えてしまったり、カウンターを取られることがある。優位なポジションから一転してバックポジションをゆるし、1Rが終了。

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インターバルではゲームプランは間違っていないし、同じことをより丁寧にやろうと伝える。僕は感情的になる傾向があるので、ここはゆっくりと丁寧に余裕がある風に伝えた。ここで彼を急かしても何もならないし、彼が勝つ可能性を最大限あげる作業に努めることを意識していたが、内心はハラハラドキドキだし、前のめりで強い言葉を投げかけたい気持ちだ。我慢のときだと自分に言い聞かせた。

2Rも宇野ペースであったし、作戦通りの組手になるし、そこは何度も確認してきたポイントで手順飛ばしがあったのだけれども、あくまで丁寧にやるべきことを伝える。彼を急かしてもいい方向に行くことがないのは僕は知っているし、彼とチームを組んでからの3年間で宇野薫への理解は深まっているはずだから、今のベストのアドバイスは淡々と丁寧に伝えることだ。

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チョークの形に入る。映像で見てもらえばわかるのだけれども、僕は相手選手の参ったよりも先に勝ちを確信して喜んでいる。それが宇野薫との信頼関係の証明だとも思っていて、彼独特の得意な形で入ったらゲームオーバーなこともわかっていたし、作戦通りだ。

試合終了で僕はホッとした。
何故ならば彼とチームを組んで3試合目。2試合は勝たせてあげることができなかあった責任を感じていたし、自分のサポートが悪いのではないかと考えていた部分もあったからだ。僕は自己否定も強いがそれ以上に自己肯定力が強いから、自分が伝えていることや自分達がやっていることは間違っていないと思えたけれども、それでも気にしないほどバカではないからだ。

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ああ。よかった。本当によかった。
このまま何もせずに喜びに浸りたいのだけれども僕はセコンドだ。彼の表現をサポートする仕事なわけで、子供たちを呼び入れたり、諸々のサポート業務にすぐ戻る。ただ反省はあまりにも嬉しくて、試合後すぐに彼の元に行って画面に図々しく映ってしまったこと。我に返って弁えたので大目に見てほしいところである。

宇野薫がマイクで僕の名前を出してくれたことが嬉しかった。
これは生きる理由をもらった。人に必要としてもらえるのであれば、ろくでなしと言われても生きていこうと思えるのである。まだ生きていていいんだなと。

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昨年の格闘代理戦争にも宇野さんにも人のことにここまで熱くなれるのだと教えてもらった。まさか自分がここまで人に熱狂するとは思わなかったし、人の成長や物語の場に居合わせることがこれほどの幸せだとは5年前の僕は気が付きもしなかった。誰かの物語を応援することは自分自身のためであり、何よりも自分を成長させてくれる。人を愛することは成長の糧だと思う。

ありがとう。感謝でしかないです。あなたを愛してあなたと歩んでよかったです。

宇野薫を見て、自分自身に何かを感じた人が多かっただろうし、実際に「俺も頑張らなくちゃと思えたよ」との声を聞いたり、ウェブ上でも何かのメッセージを感じ取った声が多い。格闘技を通じて何を伝えたいのかが大事だと僕は常々言っているのだけれども、宇野薫の伝えたい常に挑戦、改善して立ち向かっていく姿勢が伝わったのだと思うし、同じ表現者として嫉妬するほどだ。


宇野薫を見て明日からまた頑張ろうか。
宇野薫の物語の登場人物にさせていただけたことを誇りに思います。

今は家族とゆっくり休んでね。幸せな時間を。
それと明日くらいは朝のランニングは休んでくださいな。

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