オープンダイアログは日本のシステムになじむのか…

オープンダイアログ
~開かれた対話~

数年前から日本でも全国で勉強会が立ち上がり
今、話題の精神医療のひとつのカタチです

フィンランドの西ラップランド地方の
ケロプダス病院から始まった手法

手法というよりシステムかもしれませんが
この取り組みにより
ほとんどクスリを使わずに
統合失調症の急性期患者のほとんどが社会復帰し
再発率も、日本だと8割以上が再発してるのが
その地域では7割もの人が再発なく暮らしている

そんな魔法の精神医療ということで
世界的に注目されたわけです

フィンランドで実践している人たちや
アメリカの研究者たちが
この治療法を整理して、言語化。
カタチを作ってきたわけですが

果たして、これが日本で
どのように制度に落としこんで
現場で実践出来るようになるのか…

今でも想いのある医師や支援者たちが
採算度外視で導入を試みていたりはするけど
それでは広がっていかない

オープンダイアログを早い段階から勉強されてきた
医師や学者のみなさんが
ネットワークを築いて、この治療法の根底にある
大切なものを伝えようと
トレーニングコースを模索して
指導出来る人を増やそうとしているけど
これもまだまだ暗中模索

わたしも地域の医師や看護師、psw
地域福祉の現場の有志たちと勉強会をして
全国ネットワークの短期のワークショップに
参加してみたりとかもしながら
日々、現場でどう活かせるかを考えていますが
これがなかなか難しい

あ、障がい者福祉の現場の稼ぎでは
1年間にわたって東京などに通いながら
高額なトレーニングコースに参加することなど
正直難しいので、ほどほどに勉強させてもらって
いる感じです。
ですので、間違いもあるかもしれませんし
ツッコミどころ満載かもしれませんw

フィンランドでこの取り組みを始めた頃
最初に決めたのが
「当事者のいないところでその人の話をしない」
ということだったそうです

日本ではどうでしょうか?
例えば医療の現場では
本人の居ないところでカンファレンスや
専門職同士の意見交換はあっても
本人を入れた話し合いなんて
何か決定事項を伝え、納得してもらう
説得するためのものになっていないでしょうか?

福祉の現場では
人権宣言か何かの時に
わたしたちのいないところで
わたしたちのことを決めないでと訴えた
当事者たちの言葉を受けて
サービス担当者会議なるものが開かれ
規定では本人の参加が求められるようになって
本人の前でこれからのことを話す土壌は
あるはずなのに
こちらも事前に決めたことを
ご本人に説明して納得してもらう場になって
しまっているように感じます
ほとんどの場合その場で何かが決定します

医療でも福祉でも
単価が低すぎてとにかく大人数を相手にしていて
ひとりひとりに時間が割けない
という話も聞こえて来ます
時間がない。と良く聞くし
たぶん自分も言っちゃうけど
ほんとにそうなのかなぁなんて
自分に問いかけてみたりしたくなります

オープンダイアログでは
当事者と関係者、家族や友人、ご近所さんなんかも
ミーティングに参加してもらいます

それぞれの想いを気遣いながらでも
少しずつ言語化して
伝える
それも聞いてるか聞いてないかは関係なく
その場で湧いてくる想いを口にして
とにかく、聴く
そして、聴かせる
ときには家族の苦しみを
ときにはご本人の価値観を
支援者同士でどんな支援が出来るのかを
議論したっていい
全てご本人やご家族に聴いてもらう

そこで湧きあがる言葉の数々を尊重し
ただ、耳を傾ける
そのミーティングでは何も決まらないことも多く
その決まらない空気に耐えて
また次の機会に繋いでゆく

これが日本の医療や福祉の現場にいる人には
かなり難しいと思っています

何も決めないミーティング
その非効率が病気を癒すというのは
なかなか肌感覚として難しいものです

手法としては
前述の支援者同士の会話を聴かせる
リフレクティングという手法を
主に使うわけですので
テクニックとしては
おそらくやろうと思えば出来るのだと思います

話を聞く時に2人以上で傾聴し
自分たちがどう感じたかを話、聴いてもらって
伝えていく

訪問看護も余裕のあるところは
二人で行けるかもしれないし
福祉の現場でも不可能ではない
わたしの場合、通院同行の際に
診察室に一緒に入り、医師との会話をご本人に
聴いてもらうようなことはしています
あとは会議の際に医師にも参加して欲しいと
あえて病院で開催出来るように調整したりします

しかし
それが本当の意味で
オープンダイアログの実践と言えるのか?
そして、制度に落としこんだときに
驚異の回復率を見込めるものになるのか?

オープンダイアログのことを文化だとも言います
この治療法の根っこにある
大切な部分を理解し実践出来るようになって
はじめて現場で活かせるものなのだと思います
そして、その文化を反映出来るシステムがあって
ようやく可能になるのだと思います

当事者の皆さんにとって
有用なことであれば何だってやっていきたい

日本では退院しても
学校や職場に戻るの難しい現実がありますが
フィンランドでは
多くの人が社会復帰しているわけです
学校や職場に戻れた人が多いのが特徴です
その地域性や人権意識などの違いもあるでしょう
しかし、日本でも、ほんと風邪や何かのように
うつや統合失調症になっても
治れば復帰出来るような社会になってほしい

そのための第一歩が
オープンダイアログなのかもしれません

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