自作解説『わたしたちの、小さな家』について

『わたしたちの、小さな家』は2015年に光文社から刊行された水沢秋生の第六長編です。

 物語の主人公は、大学生の女性。両親とは早くに死に別れて祖母と二人暮らしですが、友人にも恋人にも恵まれ、平凡ながら幸せな生活を送っています。しかし、あるときから身の回りで不可解な出来事が起きるようになり……、というお話です。ごく簡単にいえば「わたしの家には何かがいる」話ということになるでしょう。

 私は昔から家が好きで、時間があれば外に出るよりも、部屋の中で本を読んでいたいという子供でした。それは今もあまり変わらず、その結果としてこういう仕事を選んだ(というか、それしかできなかった)わけですが、なぜそんなに家が好きだったかというと、恐らくは「ここだけは安全」と思うことができたからでしょう。外にいると、どこからなにがやって来るかもわからない。それが怖い。だから家に、安全な場所にいたい。
 ところが、その「安全」が見せかけのものだったら? あるいは、「安全」だと思いこんでいる状態が、その実、まったく「安全」ではなかったら? というのが『わたしたちの、小さな家』の着想です。
 そして前作となる『プラットホームの彼女』が連作短編という形式だったので、ごく自然に、「純粋な長編で」という枠組みも決まりました。

 さて、ここから実作の苦しみが始まった……、といいたいところなのですが、実はこの小説では、それほど苦労したという記憶がありません。
 もちろん、原稿用紙で四百枚、五百枚という小説を書くことは精神的にも体力的にもしんどいものだし、どうしても物語がスムーズに流れない、なんだかしっくり来ない、直そうとしても、どこがどうまちがってるのかも分からない、といった苦労はありました。しかし、それでもこの作品に関しては、オープニングからエンディングまで、まるであらかじめ完成形が見えていたように、非常にスムーズに進んだという記憶があります(注1)。
 なぜそんなにスムーズに進んだかといえば、物語の構造が「成長過程の若者が困難に直面し、それを克服する」という、非常にシンプルなお話だからでしょうか。「ホラーテイスト」が加わっているものの、今改めて読み返すと、どの小説よりも「青春小説」と呼ぶにふさわしい物語だなとも思います。

「青春小説」という言葉が出てきたので言い添えると、この作品以降、明確な意識として、物語に対して、「ジャンル」という観点からのアプローチはしない(あるいはできない)と明確に意識したような気がします。
 もちろん、「これは○○小説である」(たとえば、ミステリー小説、経済小説、家族小説、など)という打ち出しがあったほうが分かりやすいし、お客さんも手に取りやすいし、ファンもつく。
 売るほうからしても「何小説なのか、はっきりさせてください」というところでしょうし、それについては「まったくその通り」だと思います。しかし、「ジャンル」を決めてしまうと、どうしてもそこを踏み外したくなってしまう。というか、ことによると、踏み外すことが目的になってしまう。これは完全に個人の資質の問題で、水沢秋生の長所でもあり短所でもあるので、この辺りが今後、どう変わっていくか自分でも楽しみです(注2)。

 なお、この作品に対する感想として「ミステリーかと思ったのにホラーだったからがっかり」というようなものがあり、「いやそんなこと言われても」と思ったのは懐かしい思い出です。

 ちなみに『プラットホームの彼女』をご紹介したとき、「自信があったのに期待したほどは売れず、この後、迷走し始めた云々」という話をしましたが、その「迷走期」の最初がこの作品です。そのため自分でも「いまひとつの出来だったのかもしれない」と思っていたのですが、久しぶりに読み返したら、これがびっくり。とても面白かった。よくもまあ、こんなもに眩しく、きらきらした青春を描けたものだ。
 まるで他人の作品のような言い方ですが、書いてから時間が経ったものは、自分で書いたとはとても思えないものです。
 そういえば、どこかの雑誌に短い書評を載せていただいたことがあって、「ホラーに見せているが、その実、とても美しい青春小説」と書いてもらったのはとてもうれしかった。見ている人はいるものです。
 文庫になっておらず、今となっては置いている書店も少なく、手に入りにくいかもしれませんが、たぶん版元に問い合わせれば入手可能なはず。もし出会いの機会があれば、ぜひ。

 ちなみに、この題名に関してはこちらから提案、編集者も一発OKだったのですが、思い出そうとすると「わたし、はひらがなだっけ、漢字だっけ」「わたしたちの、のあとには読点ありだっけ」「小さな、家? おうち?」などなど、細かい部分が思い出せないことが多々あります。困ったものですね。


注1 物語はスムーズに流れたのですが、唯一、ひっかかったのがプロローグ。この部分は最初はなかったのですが、編集者の要望によって入れました。ただし、どうも気になって、最後まで「ここ、必要?」「ホントにいる?」と何度も相談したことを覚えています。いる、かなあ? と今でも思ったりします。

注2 と、書いている現在でも、すでに変わりつつあり、もしかするともうすぐ、ジャンルからのアプローチを行った新作が出るかもしれない。どっちやねん。

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