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日本に根づくか?「デジタル・シティズンシップ」

なぜか「発信」が苦手な若者たち

新潟の大学での教員生活も3年目になっています。コロナ禍の長期化で学生の生活は講義だけでなく、友人との交流など様々な活動をオンラインに移行していくことになりました。象徴的なのが大学祭でしょう。学生だけでなく、友人や保護者など様々な人たちが出入りするイベントは、感染対策の観点から中止も余儀なくされるケースが昨年度はほとんどであったと思います。

今年度に入り、なんとかそれをハイブリッドで実施できないかという動きが出てきています。わたしが所属する大学も、来場は在学生・教職員だけに絞り、その他の人にはオンラインで大学祭の模様を見てもらおうという方向で準備が進んでいます。

オンラインで何か新しいことをはじめるとき、SNSなどを通じてその取り組みを知ってもらい、参加を促していく必要があります。ところが、大学に限らずですが、これがなかなか上手く行かないケースをよく目にします。著名YouTuberやSNSのオピニオンリーダーの積極的な情報発信に親しんでいる若者の方が、むしろ及び腰になっている例が少なくないのです。なぜなのでしょうか?

原因は「情報モラル教育」?

教育に携わるようになって驚かされたのが、彼らがSNSなどでの実名・顕名での情報発信にとても慎重であるということです。Twitterもいわゆる裏アカウントを用い、個人が特定されない形で「他の人の投稿を見るだけ」に留めている例も目に付きます。とにかく「ネットはあぶない」ものとして必要最低限の接触に留めようという捉え方が、学生だけでなく教職員の側にも根強いのです。

教育現場では事故が起こらないようにネットの危険性を強調する取り組みに力を入れるところも少なくありません。一例としては学校の入学オリエンテーションに地元の警察官を招いて「情報モラルセミナー」が行われたりします。犯罪を取り締まる警察がネットの危険を説けば、薬物などと同様できるだけそれと距離を置こうとするのはむしろ自然なことのようにも思えます。

こちらの記事にあるように1985年にはじまった教育情報化の取り組みは、情報化の「光と影」の両面を扱うはずのものでした。しかし実際にはネットの利用や情報機器の排除という方向に進み、学生たちの情報発信力を磨いて評価しようという方向にはなかなか展開がされなかったのです。コロナ禍を受けてGIGAスクール(パソコン一人一台導入)が前倒しで始まり、オンライン授業も従来にはない規模で実施されましたが、逆にそれらの機器を用いた(=これまでは家庭や子どもが所有するスマホなどの機器が用いられていたはずのものが、学校が提供する器材にその場を移した)いじめが顕在化するなど課題も浮き彫りになってきています。

オンライン環境を「悪」と捉えるまで行かずとも、果たして積極的な情報発信やコミュニケーションのトレーニングを行っている教育現場はどのくらいあるでしょうか? 経験を積んでいない、また彼らをメンタリングできる教職員が乏しい環境では、学生も及び腰になってしまうのも無理はないと言えそうです。

求められる「デジタル・シティズンシップ教育」

オンライン空間に情報を発信し、積極的に様々な価値観を持つ人々と意見を交していくことで、認知や共感を獲得したり、合意形成を図っていくプロセスは、まさに民主主義で求められるプロセスそのものです。残念ながらTwitterを始めとしたツールは未成熟なところが多々あり、炎上や分断を逆に招いてしまっている面があることも否定できませんが、それでも新聞やテレビなどのマスメディアを遙かに上回る利用者数と利用者層の拡がりを持つこれらのツールを社会活動で用いない、という選択はもはやあり得ません。「使うと危ない」という注意喚起だけでなく「上手く使えばこんな良いことがある」というメリットも、もっとしっかり伝えていく必要があります。

このようなオンライン化が進む(民主主義)社会の中でのより良い市民(主権者)を育成することを目的としたのが「デジタル・シティズンシップ教育」です。

実は文部科学省も「デジタル時代の主権者教育」の重要性は近年、強調するようになっているのですが、果たしてこの言葉はどのくらい教育現場に浸透しているでしょうか? 同じレイヤーとタイミングでメディア等で取り上げられるのは道徳教育の方で、モラル・規範の強化の方にどうしても我々の目は向きがちであることも思い知らされます。

そして、そもそものシティズンシップ=良き主権者を育てるための環境が果たして日本の教育現場に整っているのかも改めて確認が求められると思います。学生運動でネガティブなイメージを未だに持つ教職員もいますが、そういったイメージを打破して生徒会・学友会といった学生組織が教育機関の適切なサポートのもと選挙の実施や予算執行などを通じて、彼らを主権者(になる者)として扱い、民主的に運営が担保されているかどうかなどが、「デジタルな」シティズンシップにステップアップできるかどうかのチェックポイントとなるでしょう。

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。

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