してやられた話

 ある晩のこと、私と友人が酒場で話していると、友人が突然に顔をしかめていった。
『どうやら、してやられたらしい。』
『何をしてやられたのかい?』
 私が周囲を見ると、こちらを見ながらグラスを磨いているバーテンは実はお月さまで、酒場にいたお客はみんなお月さまの仲間だった。
 私たちはすでに彼らに取り囲まれてしまっていた。
 お月さまの仲間たちが私たちに近づいて来たので
『やるか!?』
 私はそういいながら椅子を手に取ると、勢いよく振り上げた。
 友人はポケットから折り畳みナイフを取り出した。
 お月さまが手に持っていたウイスキーの瓶をカウンターに叩きつけたのを合図に、お月さまの仲間が一斉に飛びかかってきた。
 酒場の中では激しい取っ組み合いが始まり、大変に騒々しくなった。
やがて騒ぎを聞き付けたポリスが酒場に駆け込んできて、乱闘はさらに大きくなった。そして、騒ぎに乗じて友人がお店の照明を落とすと、お店のなかは静かになった。
 私と友人は、しこたま打たれて痛む体を引きずって酒場から出た。
 電気のついた店内にはもうお月さまもその仲間もおらず、駆け込んでいったはずのポリスの姿もどこにもなかった。
『いやはや、まったく今夜はしてやられたらしい』
 私はそういうと友人の方を振り向いたが、友人の姿もどこにもなくなっていた。私は、結局誰が本当のお月さまだったのかと考えながら、夜のストリートを一人で歩いて行った。

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