明日、世界が終わるらしい
明日、どうやら世界が終わるらしい。
巨大な隕石が地球にぶっこんで、すべての人や物に対して平等にぶつかり、明日、木っ端微塵に地球はなくなってしまうらしい。
テレビでは学者たちがここ数年何度も議論を続けていたけれど、しばらく解決しなかったこの議論の末に、人々はとうとう疲れ切ってしまい、最後は
「隕石の衝突は一瞬です。だから何人も、痛くも苦しくもありません。突入するその瞬間は『熱い』、『寒い』、ということも有りえません」
と、終生最後のアフターケアについてだけが、放送されるようになった。
次第に人類は、「そうか。一斉にこの世が無くなるなら、それは無くならないのと同じか」という絶妙な境地、または哲学論に到達した。
一人でも生き残る可能性があるならば、人々はその安全パイを狙って争いを続けていたのかもしれない。
だがこの衝突で、地球にいる限り、総理大臣も学校の先生も、警察もキリンもゾウもミノムシも、生きとし生けるもの全てが一瞬で無くなってしまうという事実は、どうやら逃れきれない真実のようだった。
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僕の住む街でも、その情報が流れてからしばらくはコンビニの棚からパンや菓子が消え、飲料水も消え、オイルショックが起こり、街中からトイレットペーパーは姿を消した。
ところが、そうした欠品状態も、次第に無くなった。
なぜなら人々は、シンプルに気がついたのである。
一瞬にして全ての物が消滅するならば、たとえ“その時”に多少空腹でも生きていかれるし、多少はトイレを我慢しても平気なんだということに。
どうせ、明日、世界は終わってしまうのだから。
金持ちの一部は早々とロケットで月に移り住んだが、大抵の人は「住み慣れた地球にいたい」という理由で、おとなしくこの星に留まることを決めていた。
もちろん僕も、地球に残る選択をしていた。
◆
最後の夜、僕はいつものように家で、犬と家族と過ごした。
ほんとうに、びっくりするくらい穏やかで普通の夜だった。
一応メインコンテンツである明日世界が無くなるという一大イベントに備えて「次に生まれ変わるとしたら何になりたいか選手権〜」という、趣味の悪い大喜利は行われた。
すべてをネタにしてしまうのは、昔からこの家族の悪いクセである。
そして、そのままちょっぴりと豪華な夕飯を食べて、
「文字通り、これが最後の晩餐だね」
「パセリは食べなさい」
「もう世界も無くなるんだから栄養とか関係ねぇだろ」
「それもそうね」
なんて言いながら、適当に過ごした。
シャンパンは、少しだけ多く飲んだ。
そして夜、家族が寝静まったあと、僕はひっそりと家から抜け出した。
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理由は簡単で、最後にたった一度だけ、君に会いたいと思ったから。
でも、終わった恋なのにまた顔を突き合わせるなんて、そんな自己満足に君を付き合わせるわけにはいかないから。
だから僕は、変わっていなければ連絡がついてしまう君の電話番号に、あえて連絡はしなかった。
だって、ねぇ。嫌だろう。
いくら世界が終わるからといって、ノスタルジーで感傷的になった昔の男から、電話がかかってくるなんて。
ホラーだろう。
それに残された君の貴重な時間を、1分1秒も無駄にしたくはない。
そんなのは出来すぎているし、気味が悪いし、きっと皆同じことを考えているに違いないから。
だからきっと、今頃電話線はパンクしている。
その証拠に、さっきから通信障害でLINEも中々起動しない。
皆、最後に考えることは、きっと同じなのだ。
◆
僕は、君と一緒に歩いたあの桜並木を、今一度たった1人きりで歩くことに決めた。
全力で記憶力を総動員させて、夜の桜を、君と見ていることを想像する。
こうしてイマジネーション豊かに育ててくれたことに、親には感謝している。
そして、しっかりと君が僕のとなりを歩いている妄想を完璧に行うことができた。
少しずつ、君の感覚が、僕のもとへと戻ってくる。
白い飼い猫の毛がついたセーター。握ると冷たい手。
寒さに弱く、暑さにも弱く、低気圧がくるたび「頭が痛い」と言って不機嫌になっていた君が、僕のもとに少しずつ蘇ってくる。
「内巻きにアイロンしたんだけど戻らなくて」といって、ぴょこんと外にハネた肩までついた髪。
今はそんな、なんてことない瞬間も鮮明に思い出し、切り取ることが出来る。
そして、あの頃のアホだった僕らを思い出し、ひとりで吹き出してしまった。
アホだったなぁ。僕らは。本当に、アホでした。恥ずかしいくらいに。
◆
そのままひとりで大笑いしていると、近くでラストデートをしている若いカップルが、怪訝そうな顔を僕に向けた。
ほっといてくれ。
僕だって、おかしなことをしている自覚は、とうにある。
でもどうせ明日、世界は終わるんだから。もう、恥も外聞もない。
それに、実生活の君には迷惑をかけないんだから、せめてそれくらい良いだろう。
僕は、たった一人きりで君と向き合うことにしたのだから。
◆
いつか君が触れていた、13本目の桜の木の下にたどり着いた。
木の皮に触れ、そっと目を閉じる。
そして、「あの時はごめんな」ということ、そして「それで、結論は愛している」ということを正直に伝える。
それだけで少し、気持ちが晴れやかになる。
もちろん、この思いが本物の君に伝わるかどうかは分からない。
いや、きっと、伝わらない。
もし今、世界中のどこかにいる君が突然何かを感じ取り、このメッセージがダイレクトに伝わってしまっていたら、それはそれで宗教じみていてなんか怖い。
だから、やっぱり、僕の本当の気持ちは伝わらないくらいのほうが、ちょうど良いんだと思う。
むしろ、妙に伝わってくれるな。
この思い出が壊れてしまうから。
「終生の準備」を世界のどこかでしているであろう君に、今でも嫌われるのが、やっぱり嫌だし。
どうせ君のことだから、明日世界が無くなるというのに、今頃は洋服ダンスの中身を勢いよく整理し、ゴミを分別し、風呂に入って小綺麗にし、“その時”に備えているに違いない。
もしくは、かなりミーハーでロマンチックなところがあったから、今頃近くの海にでも行き、「いつか新人類が拾い上げてくれますように…」なんていう淡い望みを託して、メッセージ入りガラス瓶でもそっと海に投げつけているのかも知れない。
アホらしい。
でも、そのアホさが、好きだったな。
そして、もしそうだとしたら、その時、君のとなりに、誰か他の男がいたら、嫌だな。
凄く嫌。
君は、歯がゆくなるほどアホみたいにロマンチックなところがあった。
そういうところに、からかい甲斐があったんだけれど。
◆
次第に、「余命、明日」の僕もさすがに色々と考えて胸がギュッとなってしまった。
あぁ、なんだか今猛烈に、急に正直なところ、詰まるところ、とてもこんなことを言うのは恥ずかしいが、もう無理なのはわかっているが、でも僕は1つだけ、どうしても言いたい。
「君に、会いたい」
その瞬間、空が見たこともない色に光り輝き始めた。
それは世界が終わりを告げる、怖いくらいに綺麗なはじまりの挨拶だった。
僕は、学者達の予想よりも少し早く隕石がやってきてしまったことを本能的に察知する。
ここで、どうやら僕の一生は終わるらしい。
でも、また、どこかで会えるといいなと思う。
君にも、ここで出会えた全ての生物たちにも。
【終】
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