「君は、感じが良すぎる」と芸能界のドンは言った
自分自身を売り込むことが、ずっと苦手だし、恥ずかしかった。
「なんかよく分からないけれど、気がついたらスターになってました」
という、受け身のヒストリーが欲しかったから。
15歳の頃、運良く大手の芸能事務所に入ることが出来た。
『野ブタ。をプロデュース』など連続ドラマへの出演も初っ端から決まり、
「なんかよく分からないけれど、気がついたらスターになってました」
という野望が実現する日は近いのではないかと、当時は思っていた。
しかし、いざ所属してみると、そこからが大変だった。
全然、オーディションに受からない。
漫画原作の映画ヒロイン役を受ける時は髪型をキャラに寄せて作り込んだし、朝ドラの審査を受ける時には白いワンピースを着て瑞々しい芝居をした。
けれども、全く脈がない。
本当は、心のどこかで「自分なんか受かりっこない」と思っていた。
オーディションは、グループ審査や個別審査など様々な形式で行われていたけれど、いつも審査員側の瞳がこちらを向いていないと思っていた。
いつからか私は、オーディションに受かるために審査を受けるのではなくて、「自分が選ばれない理由」を知りたくて臨んでいた気がする。
もちろん無意識に。
喉から手が出るほど欲しい役が手に入らなかったら、とても辛い。
だからこそ、「今回はあの子が合格するだろうな」とか、自分がプロデューサーみたいな気持ちになって客観的にいるほうが傷つかずに済むと思った。
一度だけ、本気で掴みにいった映画のヒロイン役オーディションがあった。
私はその役を射止めるために、いとも簡単に伸ばしていた髪をベリーショートにした。
「なんだか今回は受かっちゃうかもしれない」
そんな直感に満ち溢れて、光がみえた瞬間だった。
ところが、最終まで残ったけれど、やっぱり落選して酷く落ち込んだ。
■
頑張っても頑張っても絶望的にオーディションに受からず腐っていた時期、実家に住む母との電話のなかで弱音を吐いたことがあった。
「私がこんなに頑張っているのに上手くいかないのは、審査員に『見る目』がないからだよね?」
すがるようにして、そう尋ねた。
本気で承認欲求が破裂寸前だったから、慰めて欲しかった。
きっと、いつも優しい母は軽いジョークのようなノリで、
「そうだよ。向こうに見る目がないんだよ」
と言ってくれると思っていた。ところが、現実は違った。
「その考え方は違うと思う。自分を、もう一度だけ見つめ直してみて」
彼女は冷静な声で言った。
至極真っ当なパンチを食らった私は、その場で思考が停止してしまった。
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世の中には、「選ばれる人間になるためにはどうすれば良いか」という本が溢れている。
しかし、星の数ほどライバルがいるこの世界で、どうやってチャンスを掴めば良いのか具体的に教えてくれる人が、実際は何人いるのだろうか。
ある時、そんな悩みを抱えながら、まったく身の入らない状態でドラマのオーディションを受けた。
すると、審査中に言うセリフが全部飛んでしまって頭が真っ白になった。
立ち尽くす私に、横からサッとペライチの台本を渡してくれたライバルの女の子は、その審査に選ばれ、のちに同年代を代表する大女優になった。
審査員は厳しい眼差しで私を見ながら、
「台詞くらい覚えてきなさい。根本的なことです」
と吐き捨てた。ごもっともである。
コンマ0.5秒も油断してはいけないこの世界で、私はもう集中力が切れそうだった。
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25歳になった私は、いよいよタレント業に煮詰まり、どうしたら良いか一歩もわからない状態になった。
それまで女優を経て、SDN48というアイドルグループに在籍していたので、はたから見れば「まあ良い感じ」に思われることもあったと思う。
ところが実際の私は、ずっと「選ばれない」人間だった。
いよいよ本当に、このままではいけないと思った。
そしてある日、縁故を頼って”ある人”に会いに行った。
その人は、これまで芸能界で多くのスターを輩出してきた”ドン”だった。
もう、自分の人生をその人になんとかして欲しかった。
頼むから、私のことをプロデュースして欲しかった。
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その人は、訪れた私の瞳を見るなり、一瞬で何かを判断したようだった。
私はその眼差しを「タレントとして脈ナシ」というジャッジが下されたのだと判断した。
それくらいは腐っていた。
その日のために真新しいトップスとショートパンツでめかし込んでいたけれど、その人には自分の本質的なことが全て見抜かれている気がした。
私は彼の前で、「浅い人間」だと思われたくなくてニコニコと取り繕った。
感じ良く接することで、良い子だと思われたかった。
ところがドンは、ゆっくりと口を開くと私に向かって言う。
「君は、感じが良すぎるね。本当はどういう人間なのか、全然伝わってこない。『嘘の匂い』がする。それは役者として致命的だな」
と。その言葉を聞いた瞬間、私は部屋の空気の流れが止まった気がした。
しまった。
バレてしもた。
全て、もう全てバレてしもた。
そう思った。
そうです。
私は自分に自信がないからこそ、「感じ良く他人に接する」というコマンド一択で生きてきたんです。
でも、それが本当の自分ではないことも知っていて。
だから役者以前に、どのように生きていったら良いのか、分からなかったんです。
「役者として生きていきたければ、つまらない人間になるなよ」
彼は、私の目を見て真っ直ぐ指摘してきた。
■
その瞬間、私はついにブチ切れてた。
「『愛想が良すぎる』とか、『感じが良すぎる』というのは、そんなにいけないことでしょうか? 何がいけないんですか? そうやって人を不快にさせないように、今まで生きてきた私の人格を全否定するんですか?」
気がつけば、発狂して叫んでいた。
すると彼は、私を見ながら一言、
「今のその言葉が、本当に君が思っていることだね。その素直な感覚を大事にしなさい」
と、一転して優しい口調で言ってきた。
彼は、私のことを試したのだろう。
一銭にもならない小娘のことを、全て見抜いて、試していたのだ。
まんまと相手の”作戦”に引っかかってしまい本性を出した私は、それでもドンから言われた言葉に、完全に納得することは出来なかった。
しかし、彼はその考えすら見抜いたようで、こう付け加えてきた。
「あのな、『待つこと』も仕事のひとつだぞ。大きなチャンスが来るのを、じっと待ち続けるんだ」
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私はその日から、自分の人生を心底変えたいと思った。
彼が私に言った台詞が間違っていることを、なんとか証明してみせたかった。
今まで、私だって何度も「待つことも仕事だ」と思い続けてきたんだ。
けれども、結局”待っていたって”誰も何もしてくれなかったじゃない。
そう思った。
いま考えれば、あの時の私は、なんでも人のせいにすることで平静を保っていたのかもしれない。
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私は、彼の言葉を否定するためにアイドルからライターにセカンドキャリアをのハンドルを切った。
「待つのは仕事なんかじゃない。能動的に自分で大きな一歩を踏み出して、初めて夢は実現するんだ」
それを証明したい。その一心だった。
そこからライターとして死物狂いに働き、一度だけ、再起不能な状態までメンタルは追い込まれた。
しかし、なんとか立ち上がった。
いつでも「待つのも仕事だ」という、彼のあの忌々しくて、しかし何よりも私を鼓舞させてくれた呪文がどこからか聞こえてきたから頑張れたのだ。
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あの時、続けて彼はこうも言っていた。
「優れた俳優は、皆、人格的にどこか欠落があったとしても、それを凌駕する圧倒的な魅力で人を動かす力があるんだよ」
と。
極端な話だと思う。
俳優である前に、ひとりの人間として人格者であるほうが良いに決まっている。
しかし、彼の言葉はたしかにどこかで頷ける点もあった。
彼にとっては、私の着飾った心を見破ることなどお手の物だったのだろう。
私はその言葉を聞いてから、ずっと「感じが良い自分」を捨ててしまいたかった。
けれども、とうとうこの歳まで「感じの良さ」は捨てきれなかった。
何度捨ててみても、私のところに「感じの良さ」は戻ってきてしまう。
元々、先天的に「感じの良さ」が備わっていたのかもしれない。
もしくは、後天的に「感じの良い人間だと思われたほうが得だ」と判断し、こういう性格になったのだろうか。
本当のところは、自分でもよく分からない。
おそらく後者だと思う。損得勘定だ。
ひとつだけ言えることは、最も憎い呪縛である「感じが良すぎる」という言葉が、しかし、今日まで私を鼓舞し続けてくれたということである。
(終わり)
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