30歳になるのが怖い。
私は、あと1ヶ月ほどで30歳になる。それが非常に怖くて、動揺している。
このようなことを書くと、同年代の女性を不用意にナイーヴにさせてしまうのではないかとか、誤解を招くのではないかとか、色々と考えた。
しかし、ここで勇気を出して、今の気持ちを書いておこうと思う。
私は、30歳になるのが怖い。
念のためお伝えしておくが、「若い女性のほうがあらゆる状況で優遇されるだろうから、その特権が使えなくなるのが嫌だ」という、そんなクソ煩悩的な類の悩みではない。
そして今後も、年齢によってそのような判断や搾取をされるならば、そんな考え方も持った人のことは、金輪際どうでもいい。
ただ、なんていうか、私は30歳になるというのに物事を知らなさ過ぎる。
それが、怖い要因になっている。
小さな頃、30歳の人をみれば、とっくに大人だと思いこんでいた。
なのに、今の私はあろうことか何も知らない。
恋愛も経験した。職業を持ってみたりもした。
冠婚葬祭も経験した。社会的なマナーも勉強した。
1人でアパートの契約をしたり、光熱費を払う契約者になったりもした。
時には世帯主になり、税金を払い、最低限は国のルールも守った。
大人っぽいメイクを覚え、服装も変えて、色々した。
自分よりも歳下の人とご飯を食べる時は、奢ることも覚えた。
だけど、アイデンティティだけが、変わらない。
何層、皮をめくっても変わらない。
それは「成長の度合い」という文脈とも、ちょっと違う。
私という人間は、28歳くらいの頃から比べてみれば、知恵も増している。
落ち着きも出てきたし、世間的には充分に30歳の称号を与えられるにふさわしい外見に着地しているのかもしれない。
ただ、なんていうか、である。
一番不安視しているのは、30歳を迎えたその瞬間に、20代で傷ついた思い出を全て帳消しにしなければならないルールが敷かれている気がする点だ。
ここで「そんな考えは幻想である」という批判的意見は、ご遠慮願いたい。
そんな思考が妄想であることは、私にもわかっているからだ。
しかし、それでも過去の手痛い恋愛や忘れられない恋、三代先まで呪いたいアイツのこと、それら全てを滅却しなければ、次にいけない気がして、それが怖い。
そして、もしもそれら全てをチャラにしてしまったら、私が私ではなくなってしまう。
今年30歳を迎える全員が、”過去を乗り越える儀式”を既に終えているのだとしたら。
その中で私だけが、その儀式を迎えられていないのだとしたら。
そんなことを考えてしまう。
ひょっとしたら、皆私の知らないところで、どこかで集まって”禊の儀”とか、やってんのかもしれない。
だとしたら、私もそこに連れてってくれ。
仲間に入れてくれ。私も入りたい。
置き去りにしないでほしい。
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だが、そうは言っても、時計の針は刻一刻と進んでいく。
いくら30歳を迎えることが怖いとのたうち回ったところで、時間は残酷なほど平等に過ぎていく。
生きていかなくてはならない。
私自身も、生きていくことを自発的に選ぶ。
それならば、もう出来ることから不安を解消していこうと思う。
ということで、こないだ初めて海外に飛び立つ飛行機と宿のチケットを自分で手配した。
英語がわからなさすぎて死にたくなったが、実践することが重要であるからして、問題は無用だ。
そして、30歳以上の文豪と呼ばれる人々の作品を読み、大人になるイメージトレーニングをしている。
馬鹿らしいと思うかもしれないが、私は大真面目である。
そんな自意識との葛藤が消えるまで、この恐怖と戦い抜きたい。
心頭滅却の精神で、自分の人生に集中していく。
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周囲の30歳以上の人をふと見れば、皆、生きやすく楽しそうにしている。
でも、お願いだ。
どうか、20代の時の繊細な感性を忘れずに生きていって下さい。
あれ? 私は誰にお願いをしているのだろう。
アホみたいに傷つきやすく失敗ばかりする20代の自分を引き継いで、30歳以上に仕上がっていって下さい。
だから私は、誰にお願いをしているのだろう。
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また30歳を迎えたら、その時にどんな感情になるのか記録をつける。
プレッシャーが半端ないけれど。
今日は抽象的なことばかりの日記で失礼しました。
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