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『パンデミック再考』(作家になったmのやめる物語#40)

帰ってきました。
久しぶり過ぎて、もう何をやめるのか、忘れてしまいました。笑
もしかしたら、仕事をやめそうです。

さて、オミクロンBA.5が猛威を振るっています。
医療従事者のインフルエンサーの皆さまが、日本の医療の危機を、口々に発していらっしゃる。その発信の緊迫感たるや、今、最高潮に達している。

同じく日本の感染者数もうなぎのぼりで、見たことのない数字を叩き出している。
私の居住地は、その1/4が10代までの子どもだ。夏休みというのに何故?である。今後感染が下火になる要素も考えにくく、おそらく学校が再開したら、言わんやおやである。

現場を覗かない限り、その医療逼迫の危機感は伝わりづらいのかもしれない。
私は医療従事者ではないが、情報を総合すると、ものすごいキョーフ感しかない。

今は、感染者が多過ぎて、救急や病院にアクセスできない状況となっている。
もし自分が急病になったら、事故に遭ったら、感染して重篤な状況になったら。そして医療につながれず、うっかりイノチを落としたら。
自分じゃなくても、自分の大事な人が、同じ目にあったら、皆さんはそれを許容できますか?

想像力、情報リテラシー、見極める目、筋道の通った思考、理性的な態度、何一つかけても、このピンチを乗り切れそうにない。

しかしながら、どうやら世の中は、この緊迫感の中にあっても、いつも通りに行動したいようだ。

このクソ暑い中で、おそらく運動会や体育祭の練習や部活もするだろうし、しているのだろう。熱中症になったら、果たしてイノチは守れるのだろうか。

とにかく今は、あまり伝わっていないようだが、情報を総合すると、非常事態なのである。
でもこのことについて、世間の皆さんと共有されていないように思う。私個人も、ほぼ誰ともシェアできていない。私は引きこもっているせいだからかもしれないが、おそらく個人によって、意見はまちまちのような気がする。うかつに意見しようものなら、殴られそうな勢いだ。とくにTwitter上では。

もうしばらくしたら、私も仕事に戻る。命懸けである。
もしかしたら、うわさ通り、コロナは風邪ぐらいで済むのかもしれない。命懸けなんて、私が恐れ過ぎているのかもしれない。
でも、罹患後になかなか復調しない人の話も聞く。亡くなった人も身近にいる。
できるなら罹らないに越したことはない。しかし、これだけ蔓延していると、おそらく無傷ではいられない。そしてこれだけ無策となると、暗黙のうちに許容しているようにも見える。
知らなかった、では後の祭りである。更には個々人の責任にさせられているようにも思えるのである。

私が居心地が悪いのは、この緊迫感と世の中が平常を装って流れている、この不協和音が気持ち悪いからだ。ああ、スッキリしたけど、ゼツボーには変わりない。

仕方ないじゃない、引きこもるわけにはいかないんだから、って流しちゃって、ホントにそれでいいのだろうか?

皆さんは、お元気でお過ごしですか?


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