【判例紹介】フォセコ・ジャパン・リミティド事件(奈良地判昭和45年10月23日)

今回は、競業避止特約の有効性が争われた事件であるフォセコ・ジャパン・リミティド事件(奈良地判昭和45年10月23日)を取り扱います。

事案の概要

 本件は、冶金副資材の製造販売業者である債権者が、その従業員である債務者2名との間で結んだ競業禁止特約の有効性が争われた事案です。
 債務者らは、債権者での在職中、本社研究部など債権者の技術的な秘密に接触できる地位にありました。そのため、債権者は、債務者らとの間で、大要以下のような内容の特約を結んでいました(以下、「本件特約」と言います)。
・雇用契約存続中、終了後を問わず、業務上知り得た秘密を他に漏洩しない
・(債務者らは)雇用契約終了後2年間、債権者と競業関係にある一切の企業に直接にも間接にも関係しない
 また、債権者は、債務者らの在職中、債務者らに対し、秘密保持手当として特別手当の支給も行っていました。
 しかしながら、債務者らは、債権者を退職すると、退職のおよそ2か月後に設立された債権者と同業の会社の役員に就任しました。そこで、債権者が特約違反を理由に業務への十字の禁止を求めたのが本事案です。

争点

 本件の主な争点は、本件特約の有効性です。
 債務者らは、本件特約が公序良俗に反し無効だと主張しました。当事者の一方にのみ著しい不利益があるなど、極端にバランスを欠いた合意は民法90条により無効になると考えられています。そこで、大雑把に言えば、長期間かつ広範に他への就業を禁止する本件特約は債務者らの職業選択の自由(憲法第22条第1項)などの重要な権利を制限しており、著しい不利益を与えるものだから無効であると主張したのです。
 そのため、この点が本件の主な争点となりました。

裁判所の判断

(1)規範
 裁判所は、以下のように判示し、競業避止特約の締結が合理性を欠く場合は公序良俗に反し無効であるとしました。
 「…被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効であることは明らかである。…」
 競業避止特約が必要となる場面があることを肯定しつつも、特約の相手方となる従業員の権利や競争が制限され市場での不当な独占が生じる可能性にも配慮し、特約の効力の有無の判断に当たり、「合理的な事情」があることというフィルターを掛けたのです。
 そのうえで、裁判所は債務者らの反論を検討する中で、次のように合理性を判断するうえで考慮すべき視点を示しました。
 「…この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する…」
 ザックリとまとめれば、特約によって得られる企業側の利益、制限を受ける従業員側の不利益、社会的に与える影響の3つの視点から合理性を判断すべきということです。
 なお、本判決を受け、多くの裁判例が以下の考慮要素から競業避止特約の合理性を判断しているようです。
①     競業の制限の正当性
(ⅰ使用者の正当な利益及びⅱ当該労働者が在職中 に当該正当な利益に触れる地位にあったか)
②     競業制限のⅰ期間、ⅱ地域、ⅲ対象業種及び職種、ⅳ行為
③     代償措置等)

(2)当てはめ・結論
 裁判所は、上記の規範をもとに、特約の期間が2年と比較的短いことや代償措置こそないものの秘密保持手当として特別手当が支給されていたことなどから、合理的な範囲を超えているとは言い難いとして、特約は有効であると判断しました。
 個人的には、2年の就業制限が短期かと言われればやや疑問ですが、この期間は企業側の利益が陳腐化するスピードなどに応じて判断が異なり、傾向としては2年を超えると長期と判断されることが多いようです。

まとめ

 就業規則や入社・退職時の誓約書などにより、従業員に対して競業避止義務を課している企業は少なくないと思います。ただし、そのような規程を設け、書面を取り交わしたからといって、在職中はともかく、必ずしも退職後の競業行為を制限できるわけではない点には注意が必要です。

参考文献

  • 『労働判例百選(第10版)』(株式会社有斐閣,2022年)

  • 『秘密保持・競業避止・引抜きの法律相談』(高谷知佐子、上村哲史,2015年)

  • 『Q&A 競業避止、営業秘密侵害等の不正競争に関する実務』(岡本直也,2021年)

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