****号室、16:47



格子 細胞 団地 集合 停止 夕暮 無音 密閉 閉塞 階層 積載 安楽 呼吸 切断 不全 静脈 静寂 卒倒 眩暈 白昼 夢遊 蠕動
 低空 存在 加熱 監視 天国 人工 直線 劣化 間隔 天井 落下 諦観 連続 焦燥 接続 唐突 椅子 点滅 壁面 不能 上下 警報
既存 偶然 断念 緩衝 足音 薄目 病的 曲解 真綿 表裏 液面 計算 徐行 天命 縮小 猛毒 駐車 四角 空缶 廊下 速度 言外
 電波 背後 突貫 消息 提琴 財布 僻地 憔悴 抗体 鉛筆 怪訝 読点 轟々 青紫 解体 応力 冷蔵 余暇 境遇 窓枠 模倣 胡乱
微々 病床 音程 構造 九時 鮮明 船出 内襞 露呈 郵便 途絶 昇降 日記 霧散 曇天 入道 正体 玄関 壊死 刺青 風船 射的
 関係 地上 錐体 下部 無明 魚類 石工 線路 不利 角度 斜視 器官 絵画 一致 連想 禁錮 線描 兎角 利害 頭蓋 以外 瀝青

 夏の日は毎年同じことを思う。去年よりも暑い、とぼやいては思い出せない365日前の温度と湿度と不快指数とを比較する。不完全であることに諦めがつき、とっくに慣れてしまった頃に夏がお馴染みの熱線を照射してくる。地上のあらゆる生命に向けて、必死に生きないと簡単に死んでしまうよう仕向けてくる。ほら、また蝉が鳴いた。こんなに人工物に囲まれた場所でもぽつぽつと木々はあるし、アスファルトが大地を覆っても幼虫が這い出てくるくらいの地面は残っている。これを共存と呼びたがる神経が信じられないな、と。誰に対して非難するわけでもないのだから、薄暗い自室に残響が沈殿し続ける。この部屋の空気は酸素と二酸化炭素の他にはそういった燃え滓で構成されている。
 そう、構成。彼は二字熟語の書かれた紙、単語を暗記する時に使うソレの並びを乱雑に崩す。机の面積はそう広くはなかったから、滑って一枚が落ちていった。拾わなければいけないから、彼は悪態をついた。しかし溜息とともに何かを思い付いたようで、その一枚を仰々しく拾い上げてから書かれた文字を見た。
「窓枠、か」
 彼は呟くと、「窓枠」以外の紙をすべてゴミ箱に捨てた。単語に特別な意味などない。しかし行為に意味はあった。彼に必要だったのはまさしくそれだった。完全ではない。しかし、そういうものだ。完全ではない。しかし、可能な限りの最善には近づけた。だから彼は満足して、窓を開けてベランダに出た。熱風が彼の全身を包んだが、彼は飛び降りることでそれから逃れることが出来た。


 囚人たちがもぬけの殻になった1108号室を発見するのは、舗装に付着した血が乾ききってからだった。


 時刻はない。ない、というのはつまり一定だということだった。世界に時刻が午後4時47分しか存在しないのなら、「いまが何時か」など意味を持てなくなる。故に、ここでは時刻がない。同じ理由で日付と温度も存在出来ない。ここはひたすらに停滞している。それに気付くために囚人たちがどれくらいの時間を要したのか、誰も計測することは出来なかった。
 302号室が、例のヒステリックな声で皆を集めた。時刻は午後4時47分。七階の廊下で話していた512号室と701号室、そして1210号室はあからさまにうんざりした表情で、とりあえず「何があった」と302号室に尋ねた。息も絶え絶えに、302号室は己が見たものを説明した。息絶えた蝉の死骸のように転がっている1108号室。三階の囚人である彼は変化に気付くのが早かった。音を聞いた。腹の底に残る、鈍い鈍い音を。
「知ったことかよ」
 1210号室が吐き捨てる。彼はうんざりしていた。見知らぬ他人の死など、どうだっていい。そんなことを毎度気にして精神をすり減らしていては耐えられない。そのように考えていた。
 ただでさえ不可解な状況に囚われ続けているのに、この狭い廊下で恐怖と焦燥で上擦った302号室の声を聞いているのは不快だった。
「まあまあ、そう苛立つなよ。彼だってショックだった訳だし。災難だったね」
 512号室は二人の間に割って入り、場を収めようとした。彼は1210号室よりも更に、他人がどうでもよかった。だから彼は場の空気を優先した。ただでさえ閉鎖環境にあるのだから、揉め事は避けるべき。それだけだ。
「これで三人目か? 一体どうなってんだよ、ここは……」
 701号室は独りごちた。