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ムーミンの日本語訳改訂で印象が変わったところ(『小さなトロールと大きな洪水』)

ムーミンのスウェーデン語原書と日本語訳を一字一句読み比べているわけではありませんが、日本語訳を読んでいて、時々「ここって、原文ではどうなんだろう?」の野生の勘みたいなものがはたらくことがあります。

前にふと気がついてのは、『小さなトロールと大きな洪水』でムーミンママがアリジゴクの穴に引き込まれそうになるところをムーミントロールとチューリッパという女の子が助けた後のアリジゴクの描写です。

講談社文庫では次のような訳です。

「アリジゴクは、ただもう、はらだちまぎれに砂をほりつづけています。いったいいつになったら上がってくるのでしょうね

講談社文庫『小さなトロールと大きな洪水』p.44

「~ね」という語尾は、語り手が読者に話しかけているような印象を受けました。

同じ箇所は、原文では「誰も知らない(ingen vet)」という言い回しです。

Myrlejonet fortsatte med att gräva ner sig i rena förargelsen och ingen vet om han nånsin hittade opp igen.

Småtrollen och den stora översvämningen p.26


訳がちょっと違うんだな、と思いそのままになっていて、最近、何気なく2020年に改訂された新版を見ていたら、原文のニュアンスに近い形で訳が修正されていたことに気づきました。

「アリジゴクは、ただもう、はらだちまぎれに砂をほりつづけています。いつになったらあがってくるのか、だれにもわかりません。

新版『小さなトロールと大きな洪水』p.41

「いつになったら上がってくるのでしょうね」だと、何となく質問みたいで、語り手は答えを知っているようにも受け取れます。「だれにもわかりません」でも、語り手が知らないと断言はできないものの、語り手も含めてみんな知らないような感じがします。どちらが良い、悪いということではありませんが、個人的には、誰にもわからないほうがわくわくします。

ほんの一節を取り上げましたが、語り手の言い方のひとつひとつが作品全体の雰囲気に関わってくるように思います。もっと、2つの翻訳と原文を比べてみたら面白そう。


蛇足ですが、今日これを書いていて、『小さなトロールと大きな洪水』ではカタカナで「アリジゴク」、『たのしいムーミン一家』ではひらがなで「ありじごく」の表記になっていることに気づきました。日本語特有ですが、カタカナ/ひらがなも印象が違います。カタカナはすごく敵っぽい感じ。


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