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書評・漫画編集者

 委細は失念してしまったが、以前TVで山小屋の郵便ポストに投函されたハガキを集める、ある老人の話を思い出す。
 山小屋にきた登山客が、そこで絵葉書を買って投函する。老人はそれをあつめて地元の郵便局に届ける仕事を、長年続けているという。家の裏には履き潰したゴム長靴が、びっしりと並べられており、重ねた年月と見えない功績を静かに物語っていた。
 メールやSNSがあたりまえになった今なお、そのポストにはハガキが入っている。人の手を伝って届けられるメッセージは、それだけで温かいものなのかもしれない。

 以前、漫画編集者のO野氏がツイッターで、漫画編集者という職業の広範さと深さをつぶやいて話題になった。あまりに広範なので、内容は他所に譲るが、その幅広さは傍目にも尋常ならざるものだ。
 では実際、その中で編集者と漫画家はどんなやり取りと駆け引きをし、いかにして一本の作品を築きあげてきたのか。
 本書は、殊更その仕事ぶりに定評のある辣腕編集者の実体験と思想を、口述筆記というスタイルで描き出している。
 編集者になった理由やなる手段、編集者であり続ける手段などは、人様々あるようだ。しかしひとつ共通するものがある。面白いものをつくることはもとより、面白いことを伝えることに、異様な興味と快楽をおぼえる人であるということだ。
 高杉晋作の辞世の句「面白きこともなく世を面白く」ではないが、面白き本をなおより面白くと、日夜粉骨砕身していること。そんな激務をどこか楽しんでさえいるあたりが、実に実に似通っていて面白いのだ。
 だが実際、その仕事は激務と呼んでも物足りない。上記のツイートでもわかるよう、本にまつわるそのほとんどに関わっている。総合プロデューサーのような役なのだ。
 だがその他に、編集者という仕事に特異性があるとすれば、そうした仕事のほとんどが人と関わることであるがゆえ、一冊の本に携わる人々の重みを、誰よりも知っていることではないだろうか。

 描く人、作る人、直す人、飾る人、売る人。すべての思いと仕事を集めて編んで、その一冊を読む人へと届ける人。
 本の下の力持ちたちの、重ねた年月と見えない功績を静かに物語る一冊。是非。

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