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書評・ゆうきまさみ異端のまま王道を往く


 本書は、漫画家ゆうきまさみのデビュー35周年を記念し、本人へのロングインタビューや対談、同業者や作家からのメッセージ、評論家の寄稿や初期作の原稿などを集めて作られた、ゆうきまさみの参考書と言うべき一冊である。

(おわり)


 ……失礼。
 あまりにもたくさんの人が好き勝手ゆうきまさみを語っているので、逆にこれだけ簡潔にまとめないと、内容のコピペにしかならないくらいのボリュームと濃さに仕上がっている。
 だがこれで本当に終わってしまってはあまりにもあまりにもなので、僭越ながら「もし私がこの本に寄稿するとしたら」というテーマで一本執筆し、本書の書評に代えさせていただきたい。

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 コラムニストの唐沢俊一は、漫画家の高橋留美子がデビューして間もない頃、一度だけファンレターを書いた。
「これかどんどん売れていくと、描きたいものと作品が乖離していくと思うので、お体にはおご注意ください」
 後日、高橋から返事が来た。
「私は売れたいと思ってこの業界に入った人間なので、絶対潰れませんからご安心ください」
 唐沢は思わず天を仰いだという。
 その後の高橋留美子の活躍をご存知であれば、その有言実行ぶりはお察し頂けるだろう。漫画家をどこか芸術家のように捉え、自己表現と世間の要求の間に悩むのが常と思っていた自分には、斬新な視点に思えた。

 自己表現にこだわる芸術家も居よう。世間のニーズに応える職人も居よう。漫画家もまた様々あるようだ。
 さて高橋留美子と同じく、少年サンデーで大看板を張ったこの漫画家は、どちらのタイプだろうか。

 私とゆうきまさみ作品(厳密には違うかもしれないが)との出会いは、確か中学1、2年の頃。友人に誘われて近所の区民センターのビデオライブラリーで見た『機動警察パトレイバー The MOVIE』がそれだった。
 ある男の投身自殺から始まる物語。警察という組織に組み込まれたロボット部隊。知らないはずなのに懐かしい東京。聖書に準えられた伏線。嵐の中の決戦。そして大団円……。
 列挙するとわかりやすいほど厨二心をくすぐりつくしてくれる構成に、私はまんまとハマった。
 その後、親戚の兄が持っていたコミックを譲り受け、続刊をすべて買い、友人宅でOVAを見漁った。
 そうこうしているうちに、私の中にはオタクの血が脈々と流れるようになり、現在の人格形成の土台になるわけである。
 ゆうきまさみがいなかったら、恐らく今私はここにいないだろう。

 パトレイバーを交点としてしてはじまった、私の氏との一方的な付き合いは、その後過去作に遡ったり、新作を追いかけたりしながら続いている。
 特段誰かに勧められたわけではない。氏の作品はいつも私に会う……否、今の私のテンションというか嗜好は、大いに氏に形作られているのだ。たぶん。
 なぜ私はここまで、ゆうきまさみなる漫画家に惹きつけられたのだろう。当時を思い返しても、なかなか理由が思いつかない。

 氏の描く漫画を、ぱらりぱらりと眺めてまず気づくのが、とにかく線が綺麗なのだ。
 主線は一本でまっすぐ描かれ、擦り傷のような影や皺は極力排されている。目はどのキャラも大きめに描かれていて、表情を捉えやすい。
 かといっていわゆる「萌え絵」のようにデフォルメされ過ぎてはおらず、劇画と呼べるほど描き込まれてもいない。加えて骨格や肉付きは写実的で、『ONE PIECE』のような統一されたデフォルメは行っていない。
『質素かつ現実的な肉厚を持ちながら、漫画の絵として認識できる絵』
 それがゆうきまさみの絵の本質であるように思える。
 さも特別なことであるように書いてしまったが、それはつまり「普通の漫画の絵」ということではないだろうか?
 氏の作品群を改めて俯瞰する。パロディあり、ドタバタあり、ロボットあり、SFあり、アクションあり、冒険譚あり、競馬あり、サスペンスあり、BLあり。とにかく多彩なのだ。
 それらの漫画を違和感なく描けること。筆致に大きな変化がなくとも、それぞれに似合う絵であること。それは氏の絵が、どんなジャンルも許容できる普遍(不偏?)的な漫画の絵だからではないだろうか。

 無論ハードウェア(絵)がどんなに汎用的であっても、ソフトウェア(物語)が付いていかねばマンガになるまいが、そこはそこ。
 ヤマト、ガンダムに始まるアニメ黄金期に立ち会い、江古田のまんが画廊というファンコミュニティの醸造桶にとっぷり浸かり、当時から非凡と評された事象分析をもって、マンガアニメ特撮等、広範に趣味を謳歌した氏なればこそ、これらのジャンルにも適応できたのだ。
 最もそれが発揮されたのが『究極超人あ~る』だと思う。永遠不偏の特撮ネタから、すぐ風化するCMネタまで、誌面狭しと畳み掛けるパロディの数々は、それだけの蓄積と理解がないとアウトプットできないものだろう。

 読者や流行に阿(おもね)るでもなく、強烈に自己を主張するでもない。まるで読者に「ねえこんな話思いついたんだけど、どうかな?」と、人懐っこく話しかけてくるようなマンガ。
 書きたいものと作品が離れようにも離れない、正に異端的でありながら王道の漫画家が、ここにいるのだ。

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