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書評・少女と傷とあっためミルク

時代や立場に関わらず、戒められてきた基本的なことがある。曰く、人を騙してはならない。人から奪ってはならない。人を傷つけてはならない。

騙されないための手続きと、奪わないための合意内容と、何をもって傷つけたかとする基準の決定が、各々の時代と条文で変わるのだ、と。

私自身、判断が難しい問題に向き合う時の物差しにしている。

早泣きという見事な技と、大人顔負けの論考で話題を呼んだ子役、春名風花。

前著『はるかぜちゃんのしっぽ』から三年。子役と呼ばれる歳を脱し、少し視線が高くなった少女の言葉を集めた一冊である。

何より読んでいて思うのが、中学生離れした語彙力と構成はもちろん、大人でさえ首をひねるようなテーマに、ぴしゃりと一説を通してしまう鋭さだ。この辺りは三年前と大きく変わらない。

こうしたエッセイタッチな文章は、文の下に筆者の顔が透けて見えるものだが、かわいげに満ちた口語文体と、そこに書かれた内容の濃さが、頭の中でうまく混ざらず、時折ツイッターなどでよく知ったはずの彼女の顔が、何かに霞んでしまいそうになるほどだ。

前著の題は多岐にわたっていたが、本書の題は一つ。「傷」だ。

彼女に対する誹謗中傷に限った話ではない。過失であれ意図的であれ、誰もが被害者にも加害者にもなりうる、情報の苛虐だ。

情報機器の細分化は、いつでもどこでも繋がれるという利便性と、簡単に伝わってしまうという副作用をもたらし、知る権利とプライバシーの保護という二本の御旗の下、安易に人の心に土足で踏み込めるツールと化していった。

しかし彼女は、その恩恵を謳歌しつつ、副作用があることを認め、さらにはそれがなぜ起きるのか、どうすればなくせるのかということを、本当に頭をひねって考えているのだ。

多くの大人が、実社会でも似たような経験をしているだろう。そしてほとんどの大人が、往なし諦め堪えることを選択している。故に彼女の言動は、その多くの大人たちには青臭く世間知らずで、若さゆえの可愛らしい横暴に映るかもしれない。

しかしだからといって、彼女を揶揄することは筋違いだろう。彼女は人としての理想……否、当然の基本を語っているにすぎない。曰く、奪うな、騙すな、傷つけるな。

そして同時に彼女は、その三戒を守れない場合があることも知っているし、そうした人を責めることもしない。ただ一つ、自身の価値観や決定を強要されまいと、ただそこに立っているのみなのだ。

話がそれるが、春名風花に対して、強い子であるとか頭がいい子だという評価は、おそらく正しくないだろう。(弱いとかおバカとか言ってるわけじゃないからね?)

私の持論だが、思考や思想、品格や道徳にも筋力があると思う。

問題には重さがあり、下に落とすのはたやすく、上にあげるのは手間がかかる。問題が難しくなればなるほど、扱うための思考や、接するための品格を多分に使用する。すなわち、筋肉を使うのだ。

普段から考えることに慣れていれば、多少の問題はたやすく持ち上げてしまう。暗算が得意であれば、お釣りの計算くらいは難もなく、心がけのよい人なら、道端のゴミを自ら拾うことに、殊更特別な意味を感じることはないだろう。

だが鍛錬を怠り筋力が衰えると、持ち上げられなかったり、そもそも持ち上げようとさえしなくなる。計算は機械に任せ、ゴミは他人に任せるようになる(その事の善悪はさておく)。

私が春名風花の言動を見てきた限り、リーマン予想や階層性問題を解き明かしたり、都市の廃棄物問題を解決したり、数十年続く内戦を和平に導いたりしたこともないようだ。彼女の私考や道徳の筋力は、おそらく普通であると思う。

それでも彼女がこうも特別視される理由は、そのことを知り、認め、そこから進むことをやめていないからだと思う。ソクラテスの金言「私は何も知らない」ではないが、彼女は自分が成長の途上であることを認め、未熟であることを恥じず、正しくあることを自身にも他人にも押し付けない。

言うなれば、我々がぎりぎり見習えそうな理想を、その若さゆえにたやすく体現し、若さから逸脱するほどの表現力で伝えることができる。春名風花に非凡な部分があるとすれば、それだけだと思うのだ。

曲げず飾らず欺かず、もうちょっとだけ世間の不浄を知った13歳の少女が書き上げた、彼女の世界とその正体。

児童保護者や学校教諭など、子供と関わる人には特に読んでほしい。

これが子供に纏わるすべての問題の解である、とは口が裂けても言わないが、やはり13歳のことは13歳に聞くのが一番いいと思うのだ。

不二家のマカロンを取りすぎたことから、人間の背徳心の正体を解き明かせるほどの子である。その目でネットの海に何を見ているのか、一緒に覗いてみるのも悪くない。

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