書評・ジェノサイド

物書きの端くれとして言わせてもらえれば、物を知らずに物は書けないのだ。

言葉を紡ぎだすには言葉が必要であり、何を書くかには知識が必要。文章の書き方を教えてくれるのは文章のみであり、知識を用いるにはそれを理解することが必要。

理解し応用するのだから、出力されるものは当然元の知識よりフィックスされる。100インプットして、文章という形で10アウトプットできれば上出来の部類ではないだろうか。80以上アウトプットできたとしたら、それはもうコピペである。

なればこの本を書いた人物は、どれほどのインプットを試みたのだろうか。膨大なインプットと精緻なアウトプットの間にあったであろう、脳内での精製過程を想像すると、寒気さえ覚えるのだ。

…人類最高の権力を持つ男、合衆国大統領。

毎朝の日課。各政府機関長との大統領日報の検討の際、その一項目に列席者の手が止まった。

『南アフリカに、人類の存在を危うくしうる異変あり』

SF映画の煽りのような文言に眉をひそめる大統領は、担当の者にとりあえず本件を一任する。

…大学院で薬学を学ぶ日本人学生。

名もない一科学者のまま急逝した父の葬儀が終わり、大学へ戻ってきた彼のPCに、一通のメールが届く。差出人は父だった。

『しばらく姿を消すが、すぐに戻れると思う。お前に頼みがある。アイスキャンディーで汚した本を開け』

それは父と子しか知らない些末な符丁。死んだ父が生前用意したメールに導かれるように、青年は人類史を変える道を歩き出す。

…地上に生まれた地獄を渡り歩く、歴戦の傭兵。

幼くして指折り数えるほどとなった余命を過ごす我が子のため、銃把を取る彼の元に、PMCの重役直々に依頼がもたらされる。

「人類に奉仕する汚れ仕事を受けてほしい。報酬は今の給料の数倍出そう」

命のカウントダウンを刻む我が子のため、我が子から離れる決断を迫られていた。

…平時であれば、この広い世界で関わり合う事もなく過ごしていたであろう人々が、吸い寄せられるように一点に集まり出し、やがて苛烈な戦いが巻き起こる。

それは命の価値が最も低い国で始まる、たった一人の命を巡る大量殺戮であった……。

本作を一言で言い表すなら、目まぐるしい物語だ。

語り手の視点は国家を超えて二転三転し、それぞれに表層的な演出で終わらないディープな描写が並び、それぞれの「戦い」を飾り立てる。

難解な解説や用語もあるが、流し読みしていても、各々のキャラの心情と行動が映画のように浮かんで来て、一行先が待ち遠しくなるような活劇が展開される。

ストーリーにあまり触れるとネタバレになってしまうのだが、命を賭して命を守るという、アクション作品の基本にして究極のテーマを、ここまで研ぎ澄ました筆致は、そうお目にかかれる物ではないだろう。

薬学、国際社会、米国内政、軍事、人類史。様々な要素が緻密に組まれ、それでいてスルスル頭に入ってくるほどわかりやすくい。

長編を読むのは久しぶりなのだが、こんな本を書ける日本人作家がいるのかと驚いた。

数々の受賞歴も納得の、一大活劇小説。インプットして損はない読書体験になるだろう。

***********************

「おもろかった」「またやってくれい」と思ったら投げ銭をお願いしますこの下はなんも書いてありませんのであしからず

ここから先は

23字

¥ 100

サポートお願いします。励みになります!