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書評・王様達のヴァイキング

 ジョン・スタインベック曰く。
「天才とは、蝶を追いかけていて、いつの間にか山の頂上に立っている人のことである」
 頂上を取ることにあくせくしている人間に天才はいない。自分の好きなことに正直に真剣に取り組んでいった者が、いつの間にか頂上に立っているものだ。と。
 未だ頂に達しない者は、傍から見れば足元にも山の天気にも目を向けず、一心不乱に蝶を追うだけの、無鉄砲な変わり者に写る事だろう。
 天才は一人では育たない。その山を、登り方を教える人が、時には必要なのだ。

 エンジェル投資家の坂井大輔は、十数社の金融機関のオンラインシステムが同時に襲われるという、サイバー攻撃の犯人グループを追跡し、1人の少年に行き当たる。あまりに鮮やかなその攻撃は、彼一人で行われたというのだ。
 是枝一希。手練のプログラマー達が「人間スパコン」と評する、どこか世間とのテンポがずれた少年を、坂井は金にしようと考える。
 だがPCに関しては善悪の判断が鈍く、公的機関のサーバーに易々と侵入(クラック)してしまうほどの、是枝の手腕と感覚に辟易する。
 が、坂井はそんな是枝の特性を逆手に取る。
「お前はクラッキング会社をやれ」
 役割を見出された男と、世界を獲らんとする男の物語が走り出した……。

 本作の見所を一言で言い表すなら。何とかとハサミは使い……もとい。冒頭のスタインベックの言そのものだろう。
 是枝はPCに関しては、控え目に言って天才である。だがそれ以外の事はとても及第点には及ばず、人と話すこともままならない。普段の彼はいわゆる変人である。
 だが坂井という男に、その手腕の使いどころを見出されるや、彼の刃は世界を切り開き始める。それまでは自己完結していたクラッキングが、はじめて目的をもたらされ、本来の意味のハッカーとして開花していく。
 それを可能にする道を示すのが、是枝という最強のソフトウェアを生かすハードウェアとして配された、多岐に渡るコネクションと行動力を持つ奇抜な富豪、坂井。
 時に鞭を入れ時に手綱を締め、視野狭窄の是枝をコントロールする配役は見事だ。

 その他にも、こうした専門分野的漫画にとって、鬼門でありアクセントでもあるディティールへのこだわりも抜かりない。
 是枝の愛機にWindowsではなく、Linuxベースに開発されたUbuntuを搭載した、数年落ちのThinkPadを持たせたり、クラッカーの追跡コードを自前で組むシーンや、パスワードクラックに挑む件などは、是枝の非凡さが存分に伺える。
 PCに詳しくなくとも、坂井という比較的素人に近い立場のキャラの視点で見れば、その凄さが感じられるだろう。

 山の姿も知らず蝶を追い、落石を起こしては世間に迷惑をかけていた青年が、山の登り方と追うべき蝶を教わり、恐るべき速さで山を駆け上がっていく。
 世界を獲らんとする男と、自分の世界を切り拓かんとする男が綴る、一級の電脳冒険譚。
 この物語は、追いかける我々をどこまで連れて行ってくれるのか楽しみである。

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