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1996年生まれ、27歳。 感じたこと、考えたことの倉庫です。

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最近の記事

私のひとり暮らしヒストリー

最初に住んだ部屋は、大学合格があまりにも遅かったため、慌てて選んだ6畳1K。国試合格までの8年間、何だかんだ1度も引っ越さずに過ごした。ロフトは夏寝るのにあまりにも暑すぎて、結局ガラクタ置き場になっていた。壁は薄く、隣の人のいびきまで聞こえてくるレベルだったため、友達も滅多に呼べなかった。キッチンは狭く、調理したものが何も置けなかった。 ただ、窓から見える風景はとてものどかで、窓を開けてぼーっと外を眺めることでリフレッシュできたりもした。大学からも歩いてすぐだったので、通学で

    • 近況

      泥のように寝ている。 帰宅して晩ごはんを食べると、いつの間にか気絶している。翌朝、絶望の中目覚めて朝風呂に入り出社、というのが入社以来のルーティンとなってしまった。 親とは将来の話で揉め、結婚を焦る彼との間で板挟み状態になっている。 しかし入社して半年経ってしまうことに、驚きを隠せない。今まで私は何を学び、そして業務に生かせているのか全く分からないまま、ただただ目の前の事象に体を動かすことしか出来ずにいる。“袋詰め師”というワードをTwitter上で目にしたときには、心臓

      • サクラ咲イタ

        最後に投稿したのが1年前ということに驚きを隠せない。時の流れは早い。 ようやく私にも桜が咲いた。 苦節8年、あまりにも遠回りした大学・予備校生活であった。今も後悔の念は消えない。しかし、無事掴み取った合格に対する達成感は、今まで味わった中で最高である。 昨年夏の大学卒業から国家試験までの約半年間は、がむしゃらだった。毎日6時に起き、8時前には家を出て予備校に通った。講義終了後も、閉室する19時半まで残って勉強した。行き帰りの電車やバスの中でも、スマホを使って復習した。

        • モヤモヤ

          最近ツイートする回数が格段に増えたのだが、それは心の乱れ(これはプラスもマイナスもあると思う)に比例しているのでは、と考える今日この頃である。 以前の記事(↓)で母について少し書いたのだが、紆余曲折を経て手術が必要となり、先程、無事手術が成功したと父から連絡が来た。 コロナの影響で病室へは父も一切入れず、談話室での面会も基本的に禁止等の厳しい制限があり、私は帰省せずにただ祈り、連絡を待つことしか出来なかった。離れて暮らす家族の無力さを改めて実感した。 手術が成功したこと

        私のひとり暮らしヒストリー

          今日の雑感

          Instagramに影響され、今年は「ほぼ日手帳」にしようと思い1ヶ月程使ってみたが、どうも私には合わなかった。合わなかった点を以下に挙げる。 ※あくまで個人的な感想です。 ①1日1ページが使いこなせない日記が続かない私にとって、余白のページが非常に無駄になってしまった。その日のチェックリストがあることや、バーチカルが24時間あることは非常に良かった。 ②紙が薄い下敷きを使ったり使わなかったりしてみたが、上手く書けなかった(そもそも手帳を丁寧に書くのが間違っているのだが

          今日の雑感

          今日の私の脳みそ

          さほど興味がない人、例えば好きでも嫌いでもない芸能人がSNSで匂わせ発言をしても、「へえ〜〜」くらいで何とも思わない。しかし、推しや大嫌いな人が匂わせると、とてつもなくイライラする。私の場合、身近にいる嫌いな人間に対して、何なら自分も匂わせ返して攻撃しようと試みてしまう。 つまり、好きという感情も、嫌いという感情も、興味があるから生まれるのである。 そんなことに興味持つよりも、クリスマスに何を食べようか、彼に何をプレゼントしようか、国試が終わったら何処へ行こうか、と、もっ

          今日の私の脳みそ

          息抜き

          卒試が近づいてきた。テスト前になるにつれ、やる気を失うのは毎回のことだが、今回は特にそれが強く出た。彼に「もう頑張れない〜〜」と、毎日駄々を捏ねては困らせている。 今日も電話でうだうだしていたら、「じゃあ気分転換に、俺の同僚と話す?」と言われ、賑やかな皆さんと初めて電話でお話することになった。 これがものすごく楽しかった。 こんなにゲラゲラ笑ったのは何時ぶりだろう、というくらい笑った。振り返ると他愛もない話しかしていなかったのだが、本当に楽しい時間だった。 よし、今日

          息抜き

          無意識と現実

          先日の夜、母の具合が悪くなり救急に罹ったと父から連絡があり、翌日の朝一番で帰省した。幸いにも入院せずに済んだが、経過観察と詳しい検査が必要となった。 数日後、日常生活に支障がない程に回復したので(私にも、どうしてもやらねばならないことがあるので)戻ってきた。母に電話をかけたら号泣していた。 「寂しいよ、会いたい」。今まで気丈に振る舞っていた母が、泣きながら弱音を吐いた。それを聞いた瞬間、私は言葉が出なかった。涙も出なかった。 “親はいつまでも元気でいるだろう”と、当たり

          無意識と現実

          9.11

          アメリカ同時多発テロから19年が経った。私は当時まだ幼かったため、ビルに旅客機が突っ込んでいく映像しか記憶にない。むしろその映像や、アナウンサーの方(恐らくNHKだったと思う)の動揺した声は鮮明に覚えている。 だが、私にとって2001年9月11日は、同時多発テロの日と言うよりも父が断煙した日である。それまでマイセンの一番濃い青(10mg?)の箱を、これでもかと言うくらいぷかぷか消費していた人が、母がニコレットを買い与えても「不味い」と言って全く噛まなかった人が、この日を境に

          深夜の雑記

          外の世界は考えを巡らせながら行動する必要があって、率直に言うと疲れる。“道を歩く”という動作一つ取っても、私の場合、「自転車が急に出てこないか」とか、「早く渡らないと迷惑をかけてしまう」とか、常に糸をピン、と張っているような状態である。会話する時は尚更だ。相手がどう思っているのかが気になって仕方がない。それゆえ、大学に行き講義を受けて帰ってくるだけで、とてつもない疲労感に襲われる。 それならずっと引きこもっていればいいじゃないの(コロナ禍なら尚更)、と思うかもしれないが、1

          深夜の雑記

          リセットして何が悪い

          今まで書いた全ての記事を消した。8年ほど使っていたTwitterのアカウントも、かなり前だが削除した。唐突にこういうことをしたくなる。「人間関係リセット症候群」とネットには書いてあった。まるでそれが悪であるかのように、病気呼ばわりされるのが少々癪である。 そもそも自分が、自身の思ったことや感じたことを、不特定多数の人間(とはいえ、フォロワーの殆どは知り合いなのだが)に発信したくて作った場だ。続けようが辞めようが、外野にとやかく言われる筋合いはない。 とりあえず心機一転、誰

          リセットして何が悪い