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「ママ、カエル」

 「いったいどこへいっちゃったんだろう・・・」
車のまわりにつもった雪に、わたしとパパの長ぐつのあとがたくさんついてる。
「亜里沙、もうあきらめよう。この雪の中じゃ見つからないよ」
パパが、体をおこして言った。
雪はどんどん降ってくる。車の駐車場は空き地みたいなところだけど、あたりは一面まっ白。わたしがクルマをおりて後ろのトランクを開けた時に、リュックを肩にかけた。その時に飛び出しちゃったのかな・・・。見るとサイドポケットのチャックが開いていた。
 なくしたのは、自転車のカギ。でもだいじなのは、そのカギにつけた買ったばかりのキーホルダーのカエルさん。 どうしてもかなえたい、わたしの願いがこもったものなのに・・・。

 カエルさんは、わたしがお気に入りの街の雑貨店で見つけた。お店の奥、左の棚の上には色々なキーホルダーがかかっていた。リス、イルカ、サクランボ、ヒマワリ・・・。わたしはその中の明るい緑色をしたものに目が止まった。それは小さな体に黒くて大きな目がとてもかわいいカエルだった。わたしはカエルを手に取って見ながら思った。そうだ、カエルは“帰る”ね!ママの病気がはやくなおって、家に帰ってくるようにっていう願いをこめることができる!
「ママ、カエル!カエルさん、よろしくね!」
わたしはカエルさんの黒い目を見て心の中でお願いをした。するとその時、カエルさんの黒い目がきらり、と輝いた・・・?そんなわけがない、とわたしはあわてた。小さな体をよく見てもカエルさんは電池も使われていない。わたしはもう一度カエルさんの目を見た。でも黒い目は黒い目のままだった。きっと気のせい、と思いなおしてわたしはカエルさんをお店のレジに持っていった。
 
 パパが玄関前で上着の雪をはらいながら言った。
「雪がとけて春になれば出てくるって。どうせ冬は雪で自転車乗れないんだからいいじゃない、いまカギがなくても」
パパはなにもわかっちゃいない。わたしのカエルさん、どこへいっちゃったの・・・?


 暗やみの中に何かがいる。目をこらして見ると、そこには小さな緑のカエルさんがいた。
「カエルさん!ママの病気がはやくなおって、家に帰ってくるように、お願いします!」
わたしはカエルさんに手をあわせてお願いした。
「ママ、カエル!」
するとカエルさんの黒くて大きな目がきらりと輝き、カエルさんはゆっくりと口を開いてふるえるような鳴き声を出した。
“ハルヨコイ、クワッ、ママヨコイ、クワッ、クワッ”
「え、何?今何て言ったの?」
わたしが聞くと、カエルさんはくるっと後ろを向いて暗やみの方にぴょんぴょんとはねていってしまった。
「カエルさん、待って、カエルさん!」
カエルさんを呼びとめようとしたところでわたしは目がさめた。

 カエルさんを雪の中でなくした夜、わたしはカエルさんの夢を見ていた。カエルさんの目はやっぱり黒く輝いた!それと、変な声でよく分からなかったけど、カエルさんは何て言ったんだろう・・・。カエルさんは、わたしの夢の中でもどこかへいってしまった。カエルさん、わたしのだいじなお願い、届きましたか・・・。
 
 「できたー!ほら、うまそうだろ!」
パパがインスタントラーメンを作った。わたしは食べる前にパパに聞いてみた。
「パパ、ママはクリスマスまでには帰ってくるんだよね」
「なんだよ亜里沙、パパの料理じゃだめか?ママはすぐになおって、帰ってくるよ!」
わたしはやっぱりママのことが心配・・・。冬のきびしい寒さといっしょに、パパとわたし、二人だけの食事はそれから長く続いた。

約束のクリスマスが来ても、年が明けてお正月になっても、ママは病気が良くならなくて、家に帰れなかった。家にママがいないのは、ほんとうにさびしい。わたしはパパにあたった。ママはもうすぐ帰ってくるっていったじゃない、パパのうそつき!パパは何度もわたしにあやまった。ごめんね、亜里沙。でもママはきっと良くなる・・・。そんなパパの無理した笑顔を見て、わたしはもっと悲しくなった。


 「だいじょうぶよ、亜里沙。ちょっと長びいているだけ。もうすぐよくなるわ」
病院へ行けば、ママは笑顔で言う。わたしはパパともう少しがまんしてるから、病気ちゃんとなおしてね、ママ。
 わたしはなくしたカエルさんのことを思った。カエルさんはあれから夢にも出てこない。カエルさん、今どこにいますか? わたしのお願い、おぼえてますか・・・?


ママの病院には、パパの車でいつも30分くらいで着いている。電車で行ったらどれくらい?とパパに聞くと、バスにも乗るから1時間はかかるかなといった。わたしはまだ電車とバスの乗りつぎをしたことがないから、やっぱり無理かなあ・・・。

 冷たすぎる風が吹く二月の初め、わたしは勇気を出して電車とバスを乗りついで、一人で病院へ行った。わたしを見てママはとってもおどろいた。わたしはひとりで来たわけをママに話した。
「バレンタインに、パパにあげるものをママと相談したかったの。パパにはないしょで」
「いいわ。パパもがんばってくれてるから、亜里沙の気持ちをこめて作るのよ」
ママのアイデアで、わたしがチョコレートを手作りすることになった。パパのためにがんばろうっと!


 バレンタインデー当日、私が手作りチョコをパパにあげた!買ってきたチョコを電子レンジでとかしてマシュマロにつけて冷蔵庫で冷やしたものを、ハート型に置いてみました!パパはほんとうにおどろいて、亜里沙すごいよってよろこびながら、ちょっとうるんだ目をこすっていた。
 カエルさん、今どこにいますか?わたしはパパとふたりでがんばって、ママの帰りを待ってます。カエルさん、わたしのお願いを忘れないで・・・!


 
 きびしかった寒さもゆるみ、もう冬も終わる三月のある夜、わたしは夢を見た。わたしの目の前で、小さな緑色のカエルさんが眠っている!
「カエルさん、やっと会えたね!」
わたしの声に、カエルさんはつぶっていた目をゆっくりあけて、あくびをした。
“グワァァァー・・・ッ!”
カエルさんはあくびといっしょに体がものすごく大きくなった!
「ママのことお願いしたの、おぼえてますか?」
わたしはものすごく大きくなったカエルさんを見上げて言った。カエルさんが大きな黒い目でわたしを見た。そこにわたしがうつってる!
 するとその目が、きらりと輝いた。とつぜんカエルさんは大きな口を開け、ふるえたような鳴き声を上げた。
“ハルガキタ、グワッ!ママガキタ、グワァァァッ!”
それはもうわたしの耳がびりびりするほどの、大きな鳴き声だった。そしてカエルさんは大きな体をグルッと後ろに向けて、ビョーン、ビョーンと暗やみの中にはねていった。そこでわたしは夢からさめた。
 カエルさんが大きくなって鳴き声もとんでもなく大きかったので、何を言ったかわたしにはよく分かった。
“ハルガキタ!ママガキタ!”って、春になって、わたしのだいじなお願いがやっとかなうっていうことだよね、カエルさん!


 
外がぐんとあたたかくなった三月も中ばすぎのある日、わたしがパパと病院へ行こうとクルマに乗ろうとした時、ほとんど雪がとけた駐車場の地面に、ぴかっと光るものが見えた。なんだろうと思って近づいてみると、それは自転車のカギだった!キーホルダーのカエルさんがついてる!
「パパ、カギ!カギが出てきた!」
「ほんとだ、雪がとけてほんとに出てきた!」
春が来て、カエルさんが帰ってきたんだ!

 やっと会えたカエルさんをにぎりしめて病院へ行くと、うれしいことが待っていた。ママ、病気がなおって退院できるって!わたしはパパとだきあってよろこんだ。やったあ!


 陽の光りが暖かくて気持ちいい。桜が咲いた並木道を、わたしは自転車で風をきって走りぬける。わたしは流れる水面がきらきら光る川ぞいの土手で自転車をとめた。そして自転車のカギを抜き、そこにつけているキーホルダー、明るい緑色の小さなカエルさんをお日さまにかざした。
「春が来て、ママは病気がなおって家に帰ってきました。ママ、カエル!カエルさん、わたしの願いをかなえてくれてありがとう!」
わたしがお礼を言うと、カエルさんの黒くて大きな目が、きらりと輝いた。

                             

                            (おわり)

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