ヒリつく感覚

3か月ぶりの更新。
最近日記も惰性でつけていて本当に強く思った・感じたことをしっかりと振り返ることができていなかったので、心の変化があったときはnoteに書くことにしました。
しょーもねー当たり前の思春期臭い文章ばかり残すことになりそうですが、言語化して後々読み返すってことをしないと頭に定着しないのでね。残しましょう。

さて、本日のテーマは…『焦燥感』です。
なぜだか急に、いろんな物事に対して「このままじゃヤバい」と思うことが増えました。
陸上を頑張ってはいるけど、このままだと1'48は出ない…
金欠が過ぎて留年費の返済計画が立たない…
なあなあで続けると就活も失敗する…
たとえ仮に商社入ったとしても、英語も会計も財務も何の知識もない…

不安を文字に起こすだけでも、また焦りが生まれてきちゃいますよ…

こうした焦燥感を抱えていた時ってこれまであったかな~って思うと、IH路線や浪人時がありましたね。
もう後がない状況の典型例、背水の陣。失敗したが最後、その後の人生では失敗を抱えて生きていくことになるという場面。
今思い返しても、あの地に足つかない心許なさを抱えた二年間には戻りたくないなと思う。四六時中頭の片隅にその懸念が巣食っていて、ふと暇になった瞬間に頭を完全に支配する。友人と楽しく遊んでいる時には、不安感が倍増して目の前の物事を全力で楽しめない。当時はとても孤独で、周りの平和に生きている人を妬んでいたまである。

しかし、その焦燥の先には何があったかというと、ある程度の成果と達成感です。
人間誰でもそうだとは思うが、やはり追い込まれたときの土壇場の力ってものは馬鹿にできないもので、なんとか私は上記二つの場面を乗り越えてきた。
当時は楽しくはなかったが、振り返ってみると、不安に悪魔的に憑りつかれて何かに一直線になっている日々や、その後の成果と晴れやかな達成感には得も言われぬ喜びが確かにありました。

大学に入ってからも、二年次の全カレチャレンジの一カ月間や東大戦の最後のマイル×2のように、背水の陣に置かれることはあった。無事に乗り越えた先の喜びはIHと大学合格の二つと同等程度だが、晴れやかさのレベルが違う。
その理由は恐らく、焦燥感の度合いによるもの。大学入学後は焦燥感にかられる期間が非常に短く、仮に失敗したとしても次が待っていた。
そうした「次がある」という抜け道があると勘違いしていたのが大学4年のシーズン。全カレは準決止まり、就活も適当。そりゃあ達成感もなにも得られないわけです。

5年生が現に近づいてきている今、焦燥感に駆られているのは当たり前のように感じられるし、「やっとかよ」という気持ちでもある。
過去の経験を素直に受け取り、自分が焦燥感を原動力に変えて成果に繋げることができる人間だとすれば、今やっと人生の第一章の最終節が始まったと言えそう。
清﨑物語(キヨマン・テイルと読む)の盛り上がるところに、焦燥感アリ。
焦燥感に任せた孤独な一年が始まるのか、ひとつのストーリーの最終節にふさわしい劇的な何かが待っているのか…

いずにせよ、バッドエンド回避のために、最終成果には貪欲に。焦燥感を忘れるべからず。

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