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【蒼雑記】会話の情報量と、それ以外の情報量について考えたこと

はいこんばんは。高梨蒼だよ。暖房を付けたんだけど空気が乾燥してやばいやばい。加湿器と本棚とSwitchと巨万の富が欲しい。

Gレコ感想文、2日3日で閲覧数1000とか言ってるし(キンプリSSSが半年で7000、逆噴射解説なんて2年で3000とかだ)、スキ数はあっという間に歴代トップだ。ありがとうございます。

皆さん口々に「初見でこの分析か」「読解力がすごい」とおっしゃるんですよね。褒めてくださる。ありがたいことです、晴れがましいことです。

けど、思うんです。

「こんなにわかりやすい構造してたらこのくらい普通分からんか?」と。

なぜ僕は『Gレコの思想やメッセージ』を読み取れたか

過剰な謙遜とか皮肉を言いたいんじゃなくてですね。
「劇場版のGレコ」をちゃんと見たら、(流石にあれだけの量を読み取れるとは言わないけど)問題なく流れを把握して、あの世界や人物間での問題とか、裏側・根底の思想については自然に分かるんじゃないかなぁと思うんですよね。

だってそういう「物語の謎」や「核」以外の部分って、「ぼんやり聞けばいい」か「全部喋ってくれる」の二択で、脳みそのリソースを割かなくていいんですよね。
余ったリソースはどこへ行くか?言葉の再解釈や、物語の根底読解へ向かう……ということですね。

僕の読解力がどんなものか知らないですけど、アンダーナットの説明とか一言も覚えてないですよ。だって「ぼんやり聞けばいい」ポイントだから。
「私は『カーヒルを殺したから』ベルリを認めたくない!」「いいや姫様、貴女は彼を認めなきゃならん!『姫だから』だ」「なんか逆恨みされてるけど命を救われたことは『きっと忘れている』んだ…(無自覚な憐憫と自尊)」こういう感じで、セリフと心理と問題は全部話してくれる。僕はその裏側の理念や心理を読むことだけに集中できる

これは僕のセンスや頭脳によるじゃあなく、劇場版Gレコの会話や行動が丁寧だからこそ実現されたものなんだよね。頭の使用リソースが低かったからこそ余裕をもってぶつかれた。
いい作品をいい形で調理していい食器に並べられたからこそ、ほぼその辺の工夫のことを考えず、味のことを偉そうに語れた、というのが正直な自認です。

つまり、メリハリだ

2日くらい考えて、富野節と呼ばれる高速回転パワー台詞回しの強さの一端を汲み上げれたと思う。多分。

・問題点は少なく、尖らせる!
会話を丁寧に……というか、明白にするには争点が明白である必要がある。

・説明するべきはちゃんとする!しないところはしない
言葉の組み立てもメリハリをつける。SF設定は単語だけ出すエッセンスで終わり!だっていいんだ。「彼等がその世界に生きているなら、大事なことは自ずと話す。今は詳細な説明なんぞいらん」くらいに構えておけばいいのかもしれないね。

・たまには喋らない!
Gレコについて「アクションまでもドラマ」って評があったように、言葉だけがコミュニケーションじゃない。戦場ギリギリでこそ現れる本音はある。コア・ファイター突入の下りとか特にね。
別に殺陣をすればいいってものじゃないけど、言語コミュニケーションに頼りすぎるのもよくないねってことで――雄弁は銀沈黙は金?
ちなみに、テレビ版Gレコはある種、これの極みだったようだ。比較動画見たけど、劇場版全編であんな非言語的コミュニケーション・行間読ませやらされてたら僕は確実にあの考察の半分になっていた。

というわけで

当然と言えば当然だけど、アクションのテンポ重視話術と自分のゆっくり話す会話劇スタイルは微妙に嚙み合わせが悪い。そもそも映像作品と小説を一緒にするのもどうなんだろうって気分でもある。
が、だからこそアクセントとか、逆用の武器にもなるはずだ。
色々考えてみます。

じゃ、そんな感じでグンナイ!


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