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第12話 いらっしゃーい

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 5月3日、学園祭初日。午前と午後、各1時間づつと割り当てられた演奏場所は3辺を校舎に囲まれた校庭、いわるゆ中庭だった。
 正門付近の芝生やグラウンド、体育館に比べるとすぐさま目に付くような場所ではなく " 雛壇 ” とはまったく掛け離れた場所。

 割り振った生徒会には当然の事だろう。正式に部となってひとつきあまりの素人バンドなんて、お遊戯程度と想像するのは当たり前だ。

 だけどね。私だけじゃなく、きっとメンバー全員が思っているとおもうんだ『見ていろよ。囲む3階建ての校舎を、スタジアムのように沸かせてやる』って。

 わずか1週間だけのセッション、それだけで十分すぎるほど確信になったのだもの。

 『まるで牙城に挑むような胸の高鳴り……あぁ、まさしく青春ね。勝利の女神はワレに……』

ーー「古来から掛け声は “ 破っ ” だっていってんだろ朝倉ぁっ!」

「もぉ、それだからジジくさいのさぁよ、ムサシはぁ。ワンツーさんっし、これしかないでしょ?」

「いやいや、普通スリーフォーでしょ、みやびさんっ」

「あ、あなた達ねぇ……っ! ってさんっしで落語家のマネしてんじゃないわよっブタみやびっ!!」

 ぜ、前言撤回………ワタクシの青春を返してもらえませぬか女神さまぁあ。

「いらないわよ、どうせ私のキーボードソロからのスタートなんだからさ」

「ねーねー、コレおやつ休憩入りまーすの音にしない?」

 知りませんとばかりにみやび先輩がG音をテレレと3度鳴らした。まったく……この人は緊張感とかを子宮に忘れてきたのだろう、きっと。

 ……しっかしエロいなぁ、トモ先輩の太ももにピンクのマジックで書かれた “ にゅーはーふ ” の文字っ。
 ただでさえフリフリのミニスカートなのに余計に視線が向いてしまって……お、おパンツ見放題じゃないですかっ、って私まで何を不埒なっ! うん、真面目に真面目にっ。

 開演の許可は11時と午後2時からの2回。3辺に囲む校舎は廊下の窓を中庭に向けていて、教室では室内にそくした催しを行っている。それは飲食が伴うモノがほとんどだ。

 何かで読んだ事があるけれど、人間というのは習慣で行動する生き物で、特に制限はなくても日頃と同じ時間に食事をしたくなるらしい。

 となるなら午後2時からの人通りは見込めないという事。正午に近い11時の演奏、最初の1回目が勝負ということだ。

 ーー11時3分。全ての世界が静まり返った。

 『……あ、あれ、愛さんのキーボードが始まらない』

 普段は人一倍気丈な愛さんがプレッシャーに飲まれている……そうだよ、声をかけようにも私の脚だって震えが止まらないんだもん。

 ーー「ワン、ツー、ワン・ツーブタさんっ!」

 後ろに振り返ったみやび先輩がギターをスライドさせながら跳ね上がった。

 『ぷぷっ……せ、先輩2センチくらいしか足が浮いてないしっ、ジャンプなのでしょうか? 今のは』

 だけれど紛れもなくみやび先輩の笑顔は、私の脚の震えを止めて愛さんの指を踊らせ始めたっ。

 奏で始めたキーボードソロ、そして16小節後にムサシさんのドラムが唸る。廊下のガラスが砕けるかと思うようなドラムの音圧は、40小節から入る私とトモ先輩の演奏にもエンジンをかけた。

 知名度、振り返るような曲調、愛さんがアレンジと共に選んだ最初の曲目は今もF1のレースで使われているインストゥルメンタルだ。おそらく聞いた事がないというほうが少ないだろう。

 でも単純な曲がゆえ、駆け出しのバンドにおいそれとこなせるモノじゃない。けれど愛さんのキーボードは悠々とそれを凌駕していた。

 幼い頃からやっていたピアノは伊達じゃないってヤツですよ。もぅ愛さんっ、カッコよすぎっ!!

 『新しい曲でなくても、今現在認知されている曲、そしてみやびのヴォーカルを引き立たせる為にも2曲まではインストゥルメンタルでいくよっ』

 そう言っていた愛さんの思惑とおり、飲食の催し目当ての訪客者があれよあれよと窓辺に身を乗り出してくる。若い女性にいたっては、愛さんやトモ先輩に早くも歓声を上げているようだ。

 でも何より……何よりも私が今楽しいっ!! 

 まるで世界中を手に入れたかのよう、身体中が痺れるような……大好きな人達とこんなにも溺れられるなんて、快楽、エクスタシー以外のなんでもないっ!

 追い打ちのつかみっ、トモ先輩のソロから始まった次曲は情熱大陸ロックロックバージョンだ。

 ベースソロを多めにしたアレンジは女性観覧者を歓喜させまくっていった。

 もちろんソコはね、私もギターをみやび先輩ひとりに任せてヴァイオリンを途中から織り込む。なんてアザトイ演出もでしたけれど。

 そしていよいよ3曲目、みやび先輩がマイクを握る。

 ヴォーカルを最大限にと愛さんがアレンジしたのはメジャーな曲ではなかった。ロシア語で歌われる近未来的サウンド、まるで異世界にひきこまれていくような楽曲。

 “ 幽霊の囁き。PLAYER ”

 愛さんのセンスはやっぱり大正解だった。間奏にトモ先輩のラップヴォーカルが入るまでのあいだ、観覧者全員から声が消えたのだから。

 しかし隣でギターを構える私は間近なのだから尚更たまらないっ。トリップ……絶頂が幾度も全身を貫いていくのだもの。

 『……少なくてもね、私はヤラレちゃいましたよ。イかせられまくりですよ、オカカル部……いや、みやび先輩にっ』


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