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日本語のローマ字表記について考える

ツトムは写真を撮る。

これをローマ字で書くとしたら、どう書くでしょうか。

Tutomu wa syasin o toru.

と書く人もいれば、

Tsutomu wa shashin wo toru.

と書く人もいるでしょう。

前者のような綴り方を一般に「日本式」後者を「ヘボン式」と言い、日本語のローマ字表記は大きく分けてこの2種類になります。

日本語をローマ字でどのように書き表すか。その歴史は、古く幕末にさかのぼります。横浜にいたアメリカ人の眼科医で、のちに明治学院大学の基礎を作ったジェームズ・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)が、英語の発音を基礎として日本語を表記する方法を提唱し、これを羅馬字會ローマじかいという団体を通じて広めたのが始まりです。これを彼の名前にちなんで「ヘボン式」と呼ぶようになり、これが日本語のローマ字の表記法としては最も古い形となりました。

このヘボン式は1908(明治41)年ごろまでに若干修正され、「標準式」あるいは「修正ヘボン式」となって、現在でも外国語中の日本語の単語の表記はもとより、国内でも鉄道の駅名、街頭案内、外務省が発行するパスポートの氏名表記、クレジットカードのカードホルダー名の表記など、広く用いられています。また、英国のBS4812規格「SPECIFICATION FOR THE ROMANIZATION OF JAPANESE」や、米国のANSI Z39.11-1972規格「American National Standard System for the Romanization of Japanese」(1994年に廃止)も、このヘボン式に基づいています。

しかし、ヘボン式の表記では、「カキクケコ」を「ka ki ku ke ko」と表記するのに対して、「サシスセソ」は「sa shi su se so」、「タチツテト」は「ta chi tsu te to」となるなど、ところどころで綴り方が不規則になってしまいます。これは、ローマ字の表記を英語の発音をもとに考案したことによるものであり、これを音韻論を駆使して日本語固有の音韻構造にもとづく合理的な綴り方に改めたものを「日本式」と呼びます。日本式ローマ字の考案者は田中館たなかだて愛橘あいきつです。

日本式では、「サシスセソ」は「sa si su se so」、タチツテトは「ta ti tu te to」と表記することになり、綴りが規則的で覚えやすいというメリットがあります。これをもとにして、1937(昭和12)年に近衛文麿内閣が内閣訓令第3号「国語ノローマ字綴方統一ノ件」として制定したものを「訓令式」と呼びます。

訓令式ローマ字は終戦直後、進駐軍の命令によって一度廃止され、しばらくはヘボン式が使われるようになるものの、昭和29年の内閣告示第1号「ローマ字のつづり方」で再制定され、現在小学校4年生の国語の授業で教えられています。

また、日本式ローマ字表記法の合理性は国際的にも認められ、1989年にはISOで「ISO3602: Documentation—Romanization of Japanese (kana script)」(日本語訳)としてグローバル・スタンダードとなりました。

しかし、このような合理性にもかかわらず、ちまたではほとんどヘボン式が幅を利かせていて、日本式の表記法は全くといっていいほど使われていないのが実情です。

私自身、「si」や「ti」「tu」などという綴り方にはこそばゆくなりそうな違和感があり、ローマ字を使うときは専らヘボン式を愛用しています。

もちろん、ヘボン式は欠点が多く、「koban」では「小判」か「交番」か区別できないし、「ふ」を「fu」と綴るのも実情に合っていません。しかし、英語圏で広く使われている表記法であること(ただし英語圏の人でも正確に発音できないというオチがつきますが)、英語が事実上、世界標準としての言語であることから、国際標準である日本式ローマ字よりも、ヘボン式のほうがなじみ深いのでしょう。ちょうど、デファクト・スタンダードな通信プロトコルであるTCP/IPが、国際標準のOSI7層モデルに取って代わって世界中の通信を仕切っているのと同じようなものかもしれません。

なお、ローマ字にはこのほかに、海津式や99式などの表記法もあります。

関連サイト

ヘボン式か訓令式か
104年かかった標準化
あをねこの妄想倉庫: 小学校のローマ字教育
あをねこの妄想倉庫: ローマ字について(続き)

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