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パジェロ

私は今日この瞬間のために極限まで動体視力を鍛えてきたので分かるのだが、前方3m先で回るルーレットの本来なら「パジェロ」と書いてあるところにどう見ても「死の静謐さ」と書いてある。これは一体どういうことなのか。少なくとも先週の放送まではちゃんと「パジェロ」と書いてあった。それがなんの事前告知もなく、しかも別の車種などならまだしも「死の静謐さ」という全く知らない概念に書き換えられているのである。私はテレビのことをよく知らないが、もしこれがドッキリだとして「死の静謐さ」にダーツを命中させた私には一体どんなリアクションが期待されているのか。驚けばいいのか。私が分かりやすくびっくりすれば向こうは嬉々としてプラカードなりを持ってきてネタばらしをし、そのあと私は無事にパジェロが貰えるのだろうか。もしそうだとしたら私はすすんで笑い者になる。なぜなら私がいまここに立っている理由は他でもない、パジェロを手に入れるためだからだ。私は毎週欠かさずこの番組を見続け、パジェロコールを聞き続けたことにより、パジェロと聞くだけで自然と口角が上がり、首筋に薄く鳥肌が立つ体質となった。こんな私が実際にパジェロを手に入れたら一体どうなってしまうのか、それに興味があるのだ。しかしもうひとつ、最悪の可能性として考えられるのは、本当に今回から賞品がパジェロではなく「死の静謐さ」に変更されているケースだ。というかそもそも「死の静謐さ」とはなんだ。百歩譲って「静謐な死」なら分かる。いや分からないが、日本語としての意味は通る。ああ、そこにダーツを当てたら私は静かに殺されるのだな、と。全く納得は出来ないが。しかし、いま目の前で回ってるのは「死の静謐さ」である。これは要するに「死の静謐さを持った何か」を貰えるということなのか。まさかとは思うが、パジェロのことなのか。TBSのスタッフはパジェロのことを「死の静謐さ」と同義だと思っているのか。確かに、現に私を取り囲む観客および出演者達も、先程から平然と「パ・ジェ・ロ」とコールしている。この期に及んでだが、私はこの番組のことをめちゃくちゃに気持ち悪いなと思い始めていた。思い返せば、燃え盛る炎の映像を見せられて「バーニングマンフェスのラストでしょうか、天皇の肖像画でしょうか」というクイズを出された時点で、この番組制作サイドの異常な感覚を疑うべきだった。そもそも初めから全てがまともではなかったのだ。と、ルーレットの横に目をやるとホンジャマカの二人と目があった。二人とも、お馴染みの貼りついたような笑顔でこちらを見ている。薄く開けられたまぶたからは空洞のように真っ黒な瞳が覗いていて、それは私にはっきりと狂気を感じさせた。しかし、このスタジオの中で平然としている他の出演者達に比べれば、わかりやすく狂っている彼らの方が私にとっては遥かに理解できる存在に思えたため、私はダーツを投げずに、いつまでもホンジャマカの2人の顔に空いた4つの空洞を見つめ続けた。

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