わたしは妹

その日、姉は18時に仕事が終わる予定だった。前日に電話で「夜ご飯は作っとくから」と言ったら「なに、彼女ごっこがしたいのね」と言われた。ふっ。別に、料理の腕前を自慢したいだけ、と言い返したが図星だったな。わたしは運動会前日の小学生みたいにワクワクしていて、とにかく張り切っていた。当日は朝6時に起きてチーズケーキを作り、それをたくさんの保冷剤と一緒に持っていった。片道二時間。最寄駅に着く頃には、保冷剤からでた水滴が保冷バッグを通過して、わたしのふくらはぎにまで浸透していた。


駅からバスに乗り換えて、姉のアパートが見えてきた頃にはクタクタになっていたが、そこでようやく部屋番号を知らないことに気づいた。やばい!携帯は電池切れだった。数分間突っ立ったあと、すべての部屋に、めちゃくちゃ静かに合鍵を試していった。何となくここじゃないだろうな、と飛ばした部屋がアタリだったようで、見事にすべての部屋に合鍵を試したのち、部屋に辿り着いた。

姉の部屋に入るとまず、白いレースのカーテンとレースのクッションが目につく。わたしの趣味とは程遠いが、たしかに可愛かった。持ってきたチーズケーキを冷蔵庫に入れて、手際良く料理をしておかずを何品かつくった。案外はやく姉から帰宅の連絡がきたので
「まだ待って。道草食ってきて!」
と頼んだ。完璧な状態でもてなしたいのだ。それを察して薬局をはしごしてきた姉がついに帰宅すると「じゃーん!どうぞ!」とご馳走をふるまって労った。わたしの料理の出来に姉は驚き、満足していたようだった。わたしたちは次から次へとお酒を飲んで、気づいたら寝落ちしていた。深夜に目覚めるとわたしはベッドに逆さまで寝ていて、姉は床で眠りこけていた。座椅子から滑り落ちた頭のせいで、首がぐにゃんとしたまま寝ている姉の姿が滑稽で、くすくす笑ったりして、わたしは頭の向きを直してもう一度眠った。

朝になって、ふたりともつけっぱなしだったコンタクトを焦りながら急いで取って、ぱぱっと準備をして、まず自転車で近所のパン屋さんへ行った。美味しそうなパンをいっしょに選んで、シェアしながら食べた。そのあと温泉施設へと向かい、岩盤浴と温泉をゆっくり楽しんだ。岩盤浴中、わたしは呪術廻戦、姉は君に届けの漫画を読んでいた。趣味が合ったことはない。

温泉で、わたしは一人でたったかといろんな湯を楽しんでいたが、マイペースな姉はひとつひとつをじっくり楽しんでいた。時間に余裕がなかったので、最後はわたしが姉の手を引き「ここがいいよ。ここの炭酸風呂サイキョーだから」とおすすめして一緒のお風呂に浸かった。

そのあとは映画館へ向かった。
売店で、レモンスカッシュとアイスクリームのジュースを買った。一応、姉がレモンスカッシュでわたしがアイスクリームジュースの担当のようだった。正直わたしはレモンスカッシュがよかった。これは二人で選んだときに、たまに起こる問題である。二人ともの意思で二つ選んで、どちらがどっちの専属になるかである。
「どっちがいい?」と姉に訊いてみようとしたが、岩盤浴&温泉あがりにどろどろのアイスクリームジュースを選ぶはずがないし、ここで交換を申し込むとガキくさいし、わたしは妹とはいえもう二十歳の女なんだからわがままや不平不満は言いたくないし、と姉に対する妹としての意地や見栄もあり何も言わずにアイスクリームジュースを混ぜていたら「どっちがいい?」と姉がきいてきた。すかさず「レモンスカッシュ!」と言うと思いがけず姉の方から「わたしはそっちが良いから交換ね〜」と言われて“まじか”という気持ちになった。

映画を観た後は、スーパーでたこやきの材料を買って姉の家でタコパした。わたしが中身のタコやウインナーを切って、姉が生地をまぜて作った。九時くらいに、仕事終わりの姉の恋人がやって来た。来ることは知っていたが、タイミングが悪かった。なぜか玄関の下駄箱のうえに設置されているティファールを、わたしが背伸びをしてかまっていたときに、姉の恋人がやって来て玄関を開けたのだ。思わず笑い合ったのが初めましての出来事。姉の恋人は、とても話しやすい人だった。そのひとのことは姉から少し聞いてたし、写真では見たことがあるし、なんならその人のことを好きだったらしい女のことまで聞いていた。三人でくだらない話をたくさんした。彼にはあまったたこ焼きをたくさん食べてもらったりした。最終的には深夜二時にスイッチのゲームで姉の恋人と対戦し、ムキになって何度も戦ってもらった。もはや親戚のお兄さんのようだった。その日はちゃんと寝る準備をして、姉と二人でベッドで眠り、翌日に一緒に実家へ帰った。姉妹サイコ〜!という気持ちで。

ただ、あたりさわりのない愛ばかりだとわかった。踏み込みすぎないように、なんとなくいつも躊躇している。本当の愛って、あたりさわりのないものなのかもしれない。だけどたまに寂しくて、もう爪痕でも傷跡でもなんでもいいからわたしの痕跡を残したくなる。めちゃくちゃ大好きでも、誰一人自分のものにはできないし、確信的な繋がりや信頼関係なんてどこにもない。だからわたしたちは何時間もかけて、人に会いに行くのね!


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