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いちご畑に埋葬して

日常に情熱もなく、
「会社の人間はつまらない」
なんて言うつまらない人になってほしくなかった。
だからわたしは名城線の緑のシートにぼとぼと涙を落としている。二限から始める大学生で溢れる車両は、若者らしいどっちつかずな甘いにおいが人間臭さに混じっていて吐きそうになる。

大切だった人が変わってしまった。
これこそが失恋だと思う。好きだという相手への気持ちを失うことこそが、もう好きでいられなくなるこの悲しみこそが、失恋なのだと思う。
相手の気持ちなんてずうっとどうでも良かった。
私はただ、愛することを愛して生きてきたし、これこそが私の喜びで、私はその愛がこの肉体よりも確かなものだとわかっていた。どの国に行ってもどの文化のなかにいても、他の誰に愛されていたって、ケベックの大寒波でまつ毛が凍った冬の日にすら、その人を大切に思っていた。特別だった。というよりわたしこそがそれを特別にしてきた。わたしはわたしの愛が終わらないことをわかっていて、彼が私を大切に思う気持ちもまた簡単には変わらないことをわかっていた。だから自由に生きすぎていたのかもしれない。
彼は変わってしまった。見過ごしてきた致命的な違和感が、4年という月日を経てついに正体を表したのだ。わたしたちそれぞれの愛し方は、悲しむことすら諦めてしまいたくなるほどにただ違っていた。


毎日のように手紙で大好きだよと伝えてきたあの子や、
一生枯れない加工のされた青い薔薇をくれた彼は、
恐ろしいほどにあっさりと去っていった。
それらは今でもわたしの部屋の隅で行き場をなくしたまま、申し訳なさそうに息を潜めている。一生枯れない青い薔薇をもらった時に感じた、喜びよりもくっきりとしたピンク色のおぞましさを今でも覚えている。

私はひとつの川のようにただ佇んでいて、ここに浸かりにくる人を受け入れ、私の速さで流してみせて楽しませる。彼らがここを去るときに、自分のかなしい不動性を思い知る。「愛し方が違う」というだけの話ではある。そんな価値観の違う人が、わたしという川に数年間浸かっていてくれた、それこそがただかけがえのないことだ。そういう人たちをのらりくらりと流し終えてため息をつく時、そばに佇む大きな木や、夜空にじーっと光る星の美しさに目を向けることができる。この森で唯一マイナスイオンを放っているそれらは優しくぶっきらぼうで、わたしの悲しみにも孤独にも指一本触れてこようとしない。私の宝物だ。

もしいつかあの子が色褪せたプリクラを見つける時があれば、お互いにつけたダサいあだ名を思い出してくれ!

もし彼がいつか銀杏BOYZを聴いて何か思う日があるとしたら、あの痛々しいギターの歪みにまぎれて私のことを思い出すのだろう。

とても残念だけど、愛していたという過去はこれからも愛していくべきもので、私はこれからもしたたかなビッチ。
淡々と変わっていった人たちがいつかわたしの夢をみる朝、悪夢の後味だけがやさしく残るだろう。
最後まで美しく向き合おうとした私をどうか許して、そちらの悪夢で抱きしめて!もうすぐ秋がきて、あの並木道は黄金色に輝き、月はそれに負けないよう強く強く光る。
明日はもうすこし野菜を食べよう。

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