夏の終わりかけの、涼しいようで、じんわりまだ暑い風を感じながら僕は彼女の隣にしゃがみ込んだ。線香花火をしようと言い出したのは彼女の方だった。こうして、夏の暮れに線香花火をするなんて下手なことをするのに恥ずかしい気持ちはあったけど、僕は断らなかった。
「線香花火の火花の現象変化は四段階あるって知ってた?」
特に話すこともなく静かに花火の準備をしていた彼女が急に口を開いた。
「知らない。」
「蕾、牡丹、松葉、散り菊、の四つ。最初はさ、火の玉がちょっとずつ大きくなっていくでしょ。それが蕾。で、火花がパチパチ散り始めると牡丹。その後、一番勢いをつけて四方八方に火花を散らす時が、松葉。最後には一本、また一本と火花が落ちていって、光を失っていく。それが散り菊。」
普段は何も考えてなさそうなのに、こういう変な雑学になると饒舌になるのも彼女だった。
「菊って悲しい花だね。お葬式を連想するし。これも関係してるのかな」
「確かに。でも、私菊の花は好き。」
「そっか」
相槌を打った後、会話をすることもなく取り出した線香花火にライターで火をつける。さっき彼女が説明した通り、線香花火はまんまるの火の玉を宿し始めた。じっと見ていると、なんとなく満たされていく気がした。そうしている間に、小さく火花が散り始める。火花が次々と散るのに合わせて、彼女の顔に光が当たったり暗くなったりする。それを眺めているのに気づいた彼女は僕の顔を無表情のまま見つめ返して、少ししてから視線を火花に戻した。彼女はいつもそうだった。何を考えているのかわからない、その冷静に見える温度が心地よかった。充満する火薬の匂いは、強烈に懐かしい記憶を掘り起こさせた。

僕は夏が大好きだった。夏は降り注ぐ太陽の光の量が違うから、いつもよりも景色が色鮮やかで、濃くて、生きている、って感じがした。蝉は七日間だけの命を全うし、人々も汗を滲ませながら爽やかな色のシャツやワンピースを纏って、忙しなく街を歩く。その全てを愛していた。

彼女も夏が好きな女の子だった。世間一般的な夏好きの女の子のイメージは、明るくて、パーティーや人の集まる場所が好きな社交的な人を想像するのかもしれないけれど、彼女の場合は違った。僕と同じで、夏の生命の色鮮やかさを愛でていた。夏の空気をどうしようもなく懐かしく思う気持ちは、きっとぼくたちの本能だ。

線香花火はもう終わりそうだった。10代最後の夏がなんなのか、何をすればよかったのかは僕には皆目見当もつかない。だけど、すぐにくるだろう来年の夏も、同じ僕で、同じ夏であったらいい。



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