男の一人称、「僕」か「俺」か問題について

昨年末、朗読劇「雨恋ミント inspired by wacci "足りない"」を、下北沢のザ・スズナリまで見に行った。アフタートークに東京パフォーマンスドールの脇あかりさんが出演されるということで、櫻井紗季さんが主役の「わたし」を演じられる<チームS>のソワレ。

朗読劇の内容や感想についてはここで書きたい本題とはずれるので詳しくは書かないが、身につまされる描写が多々あって変な感情移入をしてしまってとても疲れた!(つまりとても心を揺さぶられた) ということだけは言っておこう。

で、本題。男の一人称、「僕」か「俺」か問題について。

アフタートークの途中、朗読劇の中に描かれている2人の男性の人物像を想像してみるといったくだりがあり、そこで一人称が「僕」と「俺」に分かれていることも語られていた。そして櫻井紗季さんは「私の周りに『僕』を使う人がいない」というようなことをおっしゃっていた(ような気がする)。

日常会話において一人称が不惑を過ぎた今でも「僕」である自分としては、その瞬間に「ここにいます!」と名乗り出たい気分で一杯になったんだが、いやそもそも自分はなぜ「僕」を使い続けているのか? どこかに「俺」へ切り替えるタイミングはなかったのか? といったことを帰りの電車の中でずっと考えていた。

多くの男性は幼少期の一人称が「僕」であっても、どこかのタイミングで「俺」に切り替える。一般的には小学校の高学年〜中学入学あたりだろうか(現代の話は知らん)。

当時のことを振り返ってみると、早生まれということもあって4月生まれの同級生らと比べると体も小さかったし、変声期のおとずれも遅かった。それもあってか、クラスメイト達が「俺」と言うようになっても、自分にはその一人称を使う資格がまだ備わっていないような気がしていたように思う。

じゃあ声変わりしてから「俺」を使えば良かったじゃないかと思われるかもしれないが、ある程度クラス内コミュニティが確立した状態で、「僕」と言い続けていた人間が急に「俺」とか言い出すの恥ずかしいじゃん? しかもほかより遅いとなったら、それを使い続けるしかないじゃん?(ブームに乗り遅れたから、あえてブームを気にしないというような態度)

あと「俺」ってすごい雄っぽいイメージが自分の中にはあって、あんまり雄っぽいとは思えない自分としては、どうも収まりが悪い(と思っていた)ので、ずっと「僕」のままだったんじゃないかなぁ。

しかも中高一貫教育で、さらにはそのままエスカレーター式で大学まで行ってしまったもんだから、なおさら「よーし人間関係もリセットされたから『今日から俺は!!』(伊藤健太郎さんどうなんるんでしょうな)」というわけにもいかなかったんだと思う。たぶん。

もちろん、就職してからも新卒のペーペーが上司や先輩に向かって「俺」なんて言いづらい。いや、それまでずっと「俺」って言っていたのであれば言えたかもしれないが、そうじゃないから。言い慣れていないのに、いきなり大人相手に背伸びするなんて無理。

なので今日に至るまで、一人称が「僕」のままで生きてきてしまったのだが、さすがに年も年だし、どうなのかな? と思うこともなくはない。なので、ここまで書いてきたとおりに文章では「自分」と書きがちだし、くだけた会話の中では「わし」と言ってしまうようになった。迷走した挙げ句、一番おかしなところにたどり着いている気もするが、だからといっていきなり「俺」ってねぇ。

もしも今後、自分がいきなり一人称を名字にする日が来るとしたら、「ああ、さらに迷走したんだな」と思っていただければそれでいいです。


2020年にいろいろなことがあって人が離れ始めているという噂のnoteに、2021年の元日からどうでもいいことを書きました。

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