臨床Phase 1試験で起きた3つの事故について
こんにちは。田中@臨床薬理屋です。
Twitterでも言ったのですが、僕がこのnoteを始めようと思ったきっかけは、去年(2019年)に日本で実施された健康成人ボランティアを対象とした臨床Phase 1試験において死亡事故が起きたこと、これがきっかけになります。
一般に臨床薬理屋は、臨床Phase 1試験の企画立案を行う、具体的には用法用量を決定する最も責任の重い(と本人は少なくとも思っている)立場にあります。
臨床薬理屋の立場でこのニュースを聞いたときには大変衝撃を受けました。と同時に
自分が試験を企画した立場だったらその事故は起きていなかったか?
と思いました。おそらくですが、
自分の力量では死亡事故を防ぐことは難しかっただろう
と今でも思います。ただ、それはあくまで「自分の力量では」なのであって、結果論にはなるかもしれませんが、防ぐことは全く不可能だったかと言われるとそうでもないのではないか、とも思えるのです。
ただ少し懸念していることがあって、この日本で起きたPhase 1死亡事故についての報道量が業界内外を問わずあまりにも少ないように感じられています。
2014年にフランスのレンヌで同様の死亡事故が起きたときには、その数日後にはネット上でニュースが駆け巡り、治験実施計画書が雑誌にすっぱ抜かれたり、学会でもシンポジウムのテーマになって、実施上の問題点が何だったのかと大きな騒ぎだったのですが、
この日本の事故については、一部の業界人が若干ざわついただけで、厚生労働省が報告書を出して、日本の治験業界は何事もなかったかのように事件を集結させようとしている、
そんな感じがするのです。私が業界の情報をつかみ損ねているだけかもしれませんが。。
少なくとも業界の中の人間にとって、「自分ごと」とはならずに事件が風化してしまい、尊い命の犠牲を出しながらなにも学べなかった、という事態は
絶対に避けなくてはならない
そのために私ができることは何なのかを考え、このnoteを残すことにしたのです。
この投稿のタイトルにもなっている3つの事故とはそれぞれ(化合物名、発生国、発生年)
1. TGN1412、イギリス、2006年
2. BIA10-2474、フランス、2016年
3. E2082、日本、2019年
のことを指します。
いずれの事故もかなり衝撃的なものですが、フランスと日本の試験では死者が出ており、イギリスの事故でも複数人がICUに入っています。
イギリスとフランスの事故では治験薬の投与を受けたほとんどが重篤な症状を引き起こしており、治験薬と事故の関連性は疑う余地がありません。
対して日本の事故では、重篤な結果になったのは死亡した1人だけで事件の詳細がわかるまでは何とも言えない状況でしたが、事件の詳細を見るかぎり、やはり治験薬との関連は強く疑われます。
それぞれの事件についての詳細については、私なんかが短くまとめるよりも、以下のページを読まれることをお勧めします。日本の事故については厚生労働省の報告書が日本語で出ていますので、一度報告書をフルに読まれることをオススメします。
TGN1412(イギリス)―事件の概要の部分に非常にわかりやすくまとまっています。なおこの文献の著者である熊谷先生は、日本の臨床薬理試験のKey Opinion Leadersの1人です。
BIA10-2474(フランス)ーとりあえず簡単な試験の概要としては、ここに記載がある内容でいいのではないでしょうか。またこちらのnoteでも詳しく分析したいと思います。
E2082(日本)ーここまで偉そうなことを言っておきながら、まだ私も報告書を全部読めていないので、この記事をきっかけに精読して、みなさんに私なりの考察をお届けできればと思っています。
次回以降でそれぞれの事件の詳細を振り返りながら、臨床薬理屋が考えるphase 1試験を企画する上で非常に大事なポイントを挙げていきたいと思います。
みなさん一人一人が医薬品の臨床開発に携わる責任ある人間として、このような事故の可能性を限りなく小さくするために何ができるかということを、是非自分ごととして考えてもらい、自分なりに腹落ちさせて欲しいーそれが新薬開発のリスクを低減する上で一番大事なことなのかなと僕は思っています。
今回も長文にもかかわらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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田中真吾@臨床薬理屋 (@STapcdm)さんをチェックしよう https://twitter.com/STapcdm?s=09
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