BIA10-2474事件ーTGN1412事件との違いは何か?

どうも。田中@臨床薬理屋です。

少し間が空いてしまいましたが、前回までのTGN1412の特集はいかがだったでしょうか?

実は、この特集をやるにあたってTGN1412事件について改めて調べることになり、記事を書きながら考察を深めていくことで、初めて気づいたことがいくつかありました。ちゃんと調べるというのは大事なことですね。

TGN1412事件については原因がなんとなく見えてきたこともありここでいったん一区切りとさせていただいて、次の事件に進もうかと思います。

臨床薬理業界に最大の衝撃を与えた事件がBIA10-2474/レンヌ事件-僕はそのように捉えています。

まず今回はBIA10-2474事件とは何なのかをさらって、また次回以降で具体的に詳しい考察をできればと思っています。


さて、BIA10-2474事件、日本ではレンヌ事件とも言われますが、事件の経緯についてきちんとまとめられた、わかりやすい日本語の報告が意外と少なく、薬害教育教材として10年以上の蓄積を持つTGN1412とは雲泥の差です。やはりそれだけ、BIA10-2474については正しい理解が広まってないのではないでしょうか。

何回か前に紹介した記事ですが事件について簡潔にまとまっているので、こちらのページを引用してみようと思います。

研究グループは、健常ボランティア84例を対象に、BIA10-2474を単回投与(0.25~100mg)と反復投与(2.5~20mgを10日間)をそれぞれ投与する連続コホート試験を行った。その結果、重度の有害事象の報告はなかった。

 同グループはまた、別のコホート試験の被験者を、プラセボ(2例)またはBIA10-2474(50mg/日、連続5~6日投与、6例)に割り付け、それぞれ投与した。このうちBIA10-2474群の4例について、臨床・放射線画像データの公表に関する同意を得た。

その結果、投与開始後5日目から、BIA10-2474群の4例中3例で、急性・急速進行性の中枢神経系障害が発現した。

 主な臨床的特徴は、頭痛、小脳症候群、記憶障害、意識障害だった。

 MRI検査で主に橋と海馬に微小出血や、また脳髄液信号抑制反転回復(FLAIR)法や拡散強調画像シーケンスによって、両側対称性の脳病変が認められた。

 3例のうち1例は、脳死状態となった。残りの2例は、その後症状が改善したが、1例は記憶障害の症状が残り、もう1例は小脳症候群が残った。

 なお、残りの1例では、いずれの症状も発現しなかった。

1試験として実施していますが、実質的には単回投与試験と反復投与試験を1つの試験で実施する、業界ではumbrella protocol、つまり一つの大きな傘の中で複数の試験を実施する、というタイプの試験になっています。FIH試験をumbrella protocolで実数すること自体は今時それほど珍しいものではなく、ごく普通に行われるタイプの試験です。

単回投与試験パートでは0.25mgから100mgの用量までが試験され、特に重度の有害事象はなかったと報告されています。個人的には、投与した用量の範囲がかなり広く感じられます(最高投与量100mgは初回投与量0.25mgの400倍)ので、最高投与量と毒性試験でのNOAELとの関係については確認の必要があるかな、と思いましたが、結局安全性にほとんど影響は見られていないということでした。

問題の反復投与試験パートですが、まず投与期間の設定が10日間だったということで、その投与期間の設定根拠を確認する必要があると思っています。10日間という投与期間は最低限レベルである7日間よりも少しだけ長いのですが、14日間にはしていないというところで、投与期間を切り詰めたのかな?という印象があるのです。(10日間という設定自体はそれほど珍しいものではないので、とりあえず設定根拠を確認しましょうと言っているだけです。)

反復投与試験パートは用量2.5mgから始めて20mgまでは特に安全性に問題ないにも関わらず、次に50mgの投与を行ったところ、投与5日目から急に中枢神経障害が起き、1名は脳死になってしまう、他の被験者でも1名を除きそれに近い状態となる、これがレンヌ事件で起きたことになります。


このBIA10-2474/レンヌ事件については、私が臨床薬理担当者として6年が経過しようとしている時に起きたこともあり、当時私なりにかなりの考察を行いました。

私の中ではこの事件の試験デザイン上の問題点について、実はかなりクリアな回答を当時から持っていました。

学会発表をしようかと思って上司にも相談したりしたのですが、そんな当たり前のことは発表に値しないと言われるほど臨床薬理屋としては当たり前の考察内容なのですが、実際にはそういう考察を行ったエラい人はあまりいない、もしくは考察は行っていたとしても業界にもあまり広がっていない、というのが現状なのです。


TGN1412事件とBIA10-2474事件の最大の違いは、初回投与時に発生したか、反復投与時に発生したか、そこが大きな違いなのでしょうか?

どちらの事故でも非臨床試験では見られなかった事象がヒトで起きてしまった、という点では同じだと思います。

TGN1412事件の場合はヒト初回投与時に起きたということで、一見すると、非臨床データからでは予測できなかった毒性がヒトで出てしまった事故とも見えるのですが、ある程度は毒性の兆しは見えていたが、能力不足により、もしかしたら人為的に、毒性所見が見逃されたのかもしれない、という考察をしました。詳細は有料ですがこちらをどうぞ。

ただ、TGN1412事件の場合は、初回投与量設定について、今の科学レベルから考えると大きなミスがあったと考えられています。初回投与量設定にMABELを用いなかったことによって、初回投与量から毒性用量の投与を行ってしまった、という話です。

ただMABELを考慮することにより、ヒト初回投与での事故は防げたかもしれないが、結局用量を上げる段階の途中で事故は起こってしまったかもしれない、とも考察しました。詳細はこちらも有料ですがここからご覧下さい。

ということは、ヒト初回投与で起きたかあるいはヒト初回投与試験の途中で起きたかについては、TGN1412事件がたまたまヒト初回投与時において起きただけなので、私はあまり大きな差だとは思っていません。


ではTGN1412事件BIA10-2474事件の違いは何なのか?それはもう少し考察を深めてみないとわからないことです。

ただ、臨床薬理業界では、BIA10-2474事件の方が衝撃的だったと思われます。TGN1412事件は名もなきベンチャーがそのスキル不足予算不足により起こした人災的事件と捉えられがちなのに対し、BIA10-2474事件については、製薬会社がきちんと非臨床毒性試験を行ったにも関わらず起きてしまった、本当に予測不可能な事故だったのではないか、と思う業界関係者も少なくないという印象を、私は当時持ちました。

僕は逆に、BIA10-2474事件はひょっとしたら防げたかもしれない、と思っています。

かといって全く何の健康被害も引き起こさずに、とまでは思いません。ただ、TGN1412事件のサイトカインストームのような、閾値を越えるまではほぼ何も起きないのに一度閾値を越えてしまうと手が付けられなくなる、みたいな毒性タイプでは、さすがになかったのではないかと思えるのです。ただこれは勘に過ぎませんが。。。


TGN1412のケースと同様にこのBIA10-2474事件についても、まず事件の予測可能性について検討するところから始めようと思っています。また非臨床データを深堀しながらこの点は考察しましょう。

BIA10-2474事件について学ぶべき点として私が特に注目しているのは、FIH試験の進め方です。FIH試験時に臨床薬理屋は何を考えて試験を進めているのか、臨床薬理屋の視点として安全性についてどのような情報を利用すべきと考えているのか、それがBIA10-2474事件ではどう応用されるのか、紹介と考察をしていこうと思っています。


今回も長文にもかかわらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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